「赤富士」再発見!〈その3〉 驚異の数字”4”と”7”

「赤富士」再発見!〈その3〉 驚異の数字”4”と”7”

最も有名な浮世絵師・葛飾北斎の代表作「凱風快晴(がいふうかいせい)」。「赤富士」の通称で今もなお親しまれるこの傑作の魅力を、3つの記事を通じて探ります。今回は「赤富士」に隠された"究極の省略美"から、その魅力を再発見してまいります!

シリーズ:「赤富士」再発見!
 〈その1〉北斎のこだわりを形にする彫
 〈その2〉雄大な富士を表現する摺
▶︎〈その3〉驚異の数字”4”と”7”

制約の中で生まれた北斎の富士

浮世絵は、江戸の庶民がかけそば一杯ほどの値段で気軽に買えるフルカラーの印刷物でした。その題材や色彩は当時の流行を的確に捉えており、人気の観光スポットを描いた風景画や、流行の着物を着た美人画、歌舞伎俳優を描いた役者絵など、様々な「浮世」を反映した作品が作られました。浮世絵はまさに、現代でいう雑誌やブロマイドのような役割を果たしていたのです。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」復刻版の版木(写真提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

もちろん現代の出版物と同様に、商品として制作されていましたから、 出版社である「版元」は採算性を重視していました。当然、制作にかかるコストも出来る限り抑えるよう努めていました。つまり、制作に使用する版木の枚数や色の数には制約があり、北斎を含む絵師たちはその制約の中で下絵を描いていたのです。そんな制約の中、一切の無駄をそぎ落とした究極の作品が生まれます。それが「赤富士」こと「凱風快晴」です。

驚異の数字”4”と”7”

浮世絵版画では、最初に輪郭線を摺り上げ、その後ずれないようにほかの色を重ねて摺っていきます。通常、浮世絵の制作で使われる版木の枚数は5枚前後、摺りの工程数は10~20回ほど。これに対して「赤富士」の摺りの工程は、たったの7工程。平均以下の工程数で、この雄大な富士の姿を表現しているとは、まさに驚異的です。

「凱風快晴」の摺りの工程。(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

この7工程を摺り上げる版木を見てみると、たった4面しかありません。「7回摺るのに版は4面とはいかに」と思われた方もいるでしょうが、実は一枚の版を複数回利用して摺り上げているのです。

例えば、高くそびえる富士の山肌にご注目。山頂の黒、中腹の赤、麓の緑と三色で構成されていますが、すべて同じ版を用いてそれぞれの色を摺り上げています。

「凱風快晴」の復刻版の版木。(写真提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

版木に使われている山桜は当時から高価だったため、輪郭線を摺る主版(おもはん)以外の色板(いろいた)は、両面を無駄なく使用します。つまり、「凱風快晴」に必要な版木は、アウトラインの主版1枚、色板が2枚のわずか3枚。「赤富士」はここまで制作コストを抑えながら、数ある浮世絵の中でも当時桁違いのベストセラーだったわけですから、版元もきっと大満足だったことでしょう。

今なお愛される究極の省略美

制作コストの制約によって、無駄を省いたシンプルな表現が特徴となっていった江戸の浮世絵版画。この独自の省略美が、今なお浮世絵が世界中で評価される理由のひとつでもあります。

そして、あらゆる浮世絵の中でも天才絵師・北斎が生み出した「赤富士」は、一切の無駄をそぎ落とした究極の富士。その驚異的なコストの低さと、200年以上もの間愛され続けているという効果の高さを見れば、「赤富士」はまさに「浮世絵の王」ともいうべき存在なのです。

文・「北斎今昔」編集部