いま見たい、この一枚! 〜葛飾北斎「冨嶽三十六景 深川万年橋下」(東京都江戸東京博物館)〜

いま見たい、この一枚! 〜葛飾北斎「冨嶽三十六景 深川万年橋下」(東京都江戸東京博物館)〜

浮世絵史上、風景画の双璧とうたわれる葛飾北斎と歌川広重。その作品は今なお世界中の人々を魅了し続けています。両国の東京都江戸東京博物館で、4月24日に開幕した特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」は、同時代を生きた2人の影響関係や当時のトレンドをうかがい知ることのできる面白い展覧会です。残念ながら、緊急事態宣言の発出により同館は現在休館中ですが、同館ウェブサイトで公開されている「バーチャルツアー」で、おうちで展覧会を楽しむことができます。同館の学芸員・小山周子さんに、出品作の中から、注目の作品をご紹介いただきました!  


東京都江戸東京博物館 学芸員・小山周子(こやま・しゅうこ)さん
東京都江戸東京博物館学芸員。専門は浮世絵・近代版画。 担当展覧会は、本展のほか、「よみがえる浮世絵―うるわしき大正新版画」展(2009)、「明治のこころ―モースが見た庶民の暮らし」展(2013)、「大浮世絵展」(2019)ほか。総合研究大学院大学修了。

江戸博で8年ぶりの「冨嶽三十六景」全点公開!

——特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」の内容や見どころを教えてください。

本展は、当館所蔵の浮世絵コレクションによる初の特別展です。
展覧会のタイトルにもある葛飾北斎の「冨嶽三十六景」は天保2年頃より制作され、青を使った鮮烈な色彩と大胆な構図で人々に強い衝撃を与えました。この時、北斎は70歳を越えていましたがその年齢を感じさせず、長い画業の中で不断の努力を重ねてきた成果を発揮しています。本展では、当館所蔵「冨嶽三十六景」全46図を一挙公開いたします。

 もう一人の主役の歌川広重は「冨嶽三十六景」の刊行当時、30歳代半ばで、風景画を描くもヒット作のない一介の浮世絵師にすぎませんでした。そこからどのように自らの画風を打ち立てていったのでしょうか、本展では北斎から広重のそれぞれの挑戦と、その結実である名作の数々を展示します。

 展覧会の見どころは当館所蔵「冨嶽三十六景」全46点の一挙展示。全点のお披露目は8年ぶりで、展示室の空間も広く取ったので、ぜひゆっくりとご鑑賞いただきたいと思います。もう一つの見どころは、展示の冒頭の作品を、歌川広重が10歳で描いた一枚の絵画「三保松原図」から始め、この図を出発点に広重の成長を展示の軸としたことです。名品を見るだけではなく、北斎と広重それぞれの飛躍と影響関係など、展覧会を重層的に楽しめるようねらったものです。

万年橋の下から富士山をのぞむ北斎の視点

——見応えたっぷりの展覧会ですね。その中でも、とっておきの作品はどの作品ですか?

葛飾北斎の「冨嶽三十六景 深川万年橋下」です。

「冨嶽三十六景 深川万年橋下」 葛飾北斎/画 天保2~4年(1831~33)頃 (東京都江戸東京博物館蔵)

「冨嶽三十六景 深川万年橋下」は、橋桁越しに富士山を見る斬新な構図です。この発想は、河村岷雪の『百富士』(1767(明和4))の一図「橋下」にも見られます。北斎は、文化年間(1804〜18)に、恐らく岷雪の図様からヒントを得て、洋風画表現を取り入れた「たかはしのふじ」を完成させています。「冨嶽三十六景 深川万年橋下」は、20年ほど前の「たかはしのふじ」の制作経験を活かし、風景画としてより完成度を高めた作品と言えるでしょう。

 本展では展示室入り口に、深川万年橋をグラフィックで作ってみました。展示室入場で橋をくぐり抜けていただくとともに、はるか彼方に富士山をご覧いただけます。今回、施工業者さんが熱意をもってこの橋を仕上げてくださったのですが、ちょうど作品の、橋の下の釣人のあたりでかがむと富士山がよく見えます。

展示室入口に設けられた万年橋。北斎の浮世絵の中に入っていくみたいで、ワクワクします。富士山発見!

 実際の万年橋は、舟が通れるよう高く架けていたとはいえ、北斎が描くほどには高くはありませんでした。北斎の構図のように富士山が見えたとは思えませんが、今回、展示室の橋の下に立って、橋脚あたりからは実際に見えた可能性もあるかと思いました。北斎は墨田で生まれ育ちましたので、そのことを知っていたのかもと想像が膨らみます。ぜひ皆様にもこの眺めを体感していただきたいと思います。

 さて、北斎が描いてから25年以上経って、広重も同じ場所を描いています。

「名所江戸百景 深川万年橋」 歌川広重/画  安政4年(1857) (東京都江戸東京博物館蔵)

こちらは橋の上から、亀売りの桶に吊られた亀が富士山を眺めるという斬新な構図です。なぜ亀なのか、一つは「亀は万年」にちなんだからかもしれませんね。広重は、富士山に注目が集まるよう、2つの工夫をしています。一つは隅田川対岸の江戸市中の町並みをあえて暗く簡略化したこと。もう一つが隅田川に浮かぶ2艘の帆船で、船の連なった先に富士山が位置するように配置されています。これらの工夫により、絵を見る私たちも自然に富士山に目が向くように仕掛けられているのです。広重が北斎に対抗して挑んだ渾身の一作です。

バーチャルツアーで楽しめる北斎と広重

——「北斎今昔」の読者の皆さまに、メッセージをお願いします。

 これまで、北斎と広重の風景画を一緒に並べ、あるいは両者の富士シリーズなどを比較する展覧会は開催されてきましたが、本展は両者の挑戦をより明確にする試みとしました。風景画の巨匠とも言われる2人の置かれた状況、あるいは当時の時代背景に思いを馳せながら、ご覧いただければ幸いです。

 なお、誠に残念ながら5月31日まで新型コロナウイルス感染症の拡大防止に伴う臨時休館のため、本展にご来場いただくことができませんが、オンラインで楽しめる本展バーチャルツアーを公開しております。こちらもどうぞお楽しみください。バーチャルツアー限定のコンテンツも随時追加していきます。

特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」バーチャルツアーの展示室(提供:東京都江戸東京博物館)

——小山さん、北斎・広重それぞれのアイディアが詰まった作品のご紹介をありがとうございました。展覧会の再開を心待ちにしています。

展覧会情報

特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」
会 期:2021年4月24日(土)~6月20日(日) ※5月31日(月)まで臨時休館
時 間:9:30〜17:30(※入館は閉館の30分前まで)
休室日:月曜日
会 場:東京都江戸東京博物館(東京都墨田区横網1-4-1)
観覧料:一般 1,000円/大学生・専門学校生 800円/中学生(都外)・高校生・65歳以上 500円/小学生・中学生(都内) 500円
お問合せ:03-3626-9974(代表)
江戸東京博物館ホームページ:特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」こちら

寄稿・小山周子(東京都江戸東京博物館 学芸員)
協力・東京都江戸東京博物館