葛飾北斎博士ちゃんと浮世絵大好きキッズの夏休みイベントレポート

葛飾北斎博士ちゃんと浮世絵大好きキッズの夏休みイベントレポート

2024年7月20日、北斎の代表作「神奈川沖浪裏」をテーマにした企画展を開催中のアダチ伝統木版画技術保存財団 常設展示場(東京都新宿区)で、子どもたちを対象にしたイベントが開催されました。「葛飾北斎博士ちゃんと自由研究 \みんなで話そう/ 北斎ってスゴい!?」と題されたイベントの講師は、「葛飾北斎博士ちゃん」こと、目黒龍一郎さん。浮世絵大好きキッズたちが集った楽しいイベントをレポートします。 

「葛飾北斎博士ちゃん」って?

イベントの講師を務めた目黒龍一郎さんは、葛飾北斎を敬愛してやまない、都内在住の中学3年生。小さい頃から絵を描くのが好きで、日本美術に興味があったそうです。北斎作品との出会いは小学校入学前。ありとあらゆるものを斬新な視点で描く北斎にどんどん惹き込まれ、浮世絵や北斎に関する知識を深めていきました。

そうして、2023年にテレビ番組「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」(テレビ朝日系列)に出演したことから、その博識と情熱的な姿勢とで「葛飾北斎博士ちゃん」と呼ばれるように。幻の北斎作品を探して海外ロケを行った24年正月の特別番組は、放送直後から大きな反響を呼びました。現在、国際北斎学会の特別顧問を務め、各地で講演会なども行っています。

目黒さんの自己紹介。小さい頃から筆で絵を描いていた。

この日のイベントは二部構成。第1部は目黒さんのトーク「北斎って何がすごい?」、第2部はグループワーク「浮世絵版画のなぞをとこう」です。休憩時間も含めて約2時間のイベントは浮世絵愛と活気にあふれたものでした。

クイズにお絵描き、子どもたちの目がキラキラ!

第1部のスタートは「北斎数字クイズ」から。クイズは「北斎は何歳まで生きたか」「北斎は生涯で何度引っ越しをしたか」「北斎はいくつの画号を持っていたか」。目黒さん、導入から子どもたちの心を瞬時に鷲掴みです。目黒さんが質問を言い終わらない内から「ハイ! ハイ! ハイ!」と子どもたちが手を挙げ、クイズは大盛り上がり。(ちなみに正解は「89歳(数え年だと90歳)」「93回」「約30個」)

いきいきと北斎について話す目黒さん。自作のスライドショーも駆使し、テンポよく子どもたちを話に引き込んでいく。

そして次は「北斎先生になろう!」のコーナー。北斎は、絵手本などの出版物を通じて、絵を描く楽しさを多くの人に伝えました。図形や文字を組み合わせて、ものの形態を把握する北斎流の描画法は、現代人の我々も目から鱗です。

葛飾北斎『略画早指南』© The Trustees of the British Museum (CC BY-NC-SA 4.0)

この時間は、目黒さんが用意したワークシートに、各自お絵描きをしていきます。出題は「飛んでいる鶴」と「雀」。まずは何も参照しないで描いてみます。戸惑いつつも、早速鉛筆を走らせる子どもたち。さすが浮世絵大好きキッズは、お絵描きも大好きのようです。目黒さんも各テーブルを回りながら、子どもたちの絵を見て嬉しそう。

突然のお絵描き課題にも果敢に挑む子どもたち。「鶴」以上に「雀」が難題。

お絵描きタイム終了後は、北斎流の「飛んでいる鶴」と「雀」の描き方を目黒さんが参加者に伝授。保護者席でこっそりお絵描きしていた大人たちも「おぉー」と小さく感嘆していました。さらに目黒さんは、北斎も使用していた江戸時代のコンパス「ぶんまわし」の実物を持参し、参加者に紹介。しかも、この「ぶんまわし」は目黒さんの自作とのこと! 北斎に近づくために努力を惜しまない目黒さん、知識と実践が結びついていて、改めてすごいと思いました。

ぶんまわしに使用している鯨のヒゲは、フリマアプリで購入したのだとか。

北斎ってスゴい! 職人もスゴい!

続いて、目黒さんはスライドショーを使って、北斎が生涯をかけて追求した波の表現を紹介してくれました。新千円札のデザインになった代表作「神奈川沖浪裏」も、一朝一夕で完成したものではなかったんですね。若い頃からさまざまな波を描き、北斎が「神奈川沖浪裏」を描いたのは70歳を過ぎてから。さらにあの迫力ある波の表現に到達したあとも、北斎は波の表現を模索し続けていたことが分かりました。

北斎の試行錯誤がうかがえる40代の頃の作品(「おしをくり はとう つうせんのづ」)を紹介。

目黒さんは「神奈川沖浪裏」の作品に出会ったとき、画面から波の音が聞こえてくるかのような迫力に圧倒されたそう。「神奈川沖浪裏」の波頭の様子は、高波が崩れ落ちる瞬間を1/5000のシャッタースピードでとらえたときの波の形状とも言われています。肉眼では確認できないはずの自然の造形を描き出す北斎の想像力に魅了された、と目黒さんは語ります。

北斎の魅力を語るときの、この表情!

目黒さんのお話から、北斎が、人一倍努力をしたし、ずば抜けた才能も持っていたことが分かってきました。やっぱり北斎って、スゴい! が、ここまでで目黒さんが紹介した北斎の作品は、版本や錦絵といった江戸時代の出版物であり、彫師・摺師といった職人と共同で制作した木版画でした。目黒さんはオリジナルのイラストで、木版の制作の仕組みについても解説。絵師・彫師・摺師、そして版元(現在の出版社。2025年の大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎は「版元」。)のチームワークで、数々の名作が生まれたんですね。

浮世絵版画の制作は分業制。北斎一人では、あの名作は生まれなかった。

想いをつなぐ、博士ちゃんの粋な計らい

そして最後に、目黒さんはテレビ番組の撮影でイギリスとオランダを訪れたことを話し、浮世絵が海外でも人気があることを19世紀後半のジャポニスムなどを例に挙げながら説明。オランダで出会った北斎研究家でありコレクターのマティ・フォラー氏から贈られた品物を、特別に参加者に見せてくれました。『北斎画苑』という版本用に作られた木版のブックカバーで、日本には目黒さんの所蔵となったこの一点しか確認されていないそうです。

貴重な所蔵品を子どもたちのために持参してくれた目黒さん。

マティ氏が実物に触れる経験を重視されていたことを踏まえ、「子供たちにも本物に触れる機会をつくりたい」とご自宅から貴重な作品を持ってきてくれた目黒さん。マティ氏もきっと、目黒さんが、江戸時代の文化を大切にしながら、こうした史料をより良いかたちで活用してくれることを分かっていたのではないでしょうか。歴史や文化が次の世代の人々に受け継がれていく、ささやかな瞬間に立ち会えたように思いました。

こうして、あっという間に第1部は終了。参加者の集中力も去ることながら、10歳前後の子どもたちを一時も飽きさせない目黒さんのプログラムの構成や語り口は、本当に見事でした。休憩時間には、参加者みんながわっと目黒さんを取り囲み、質問をしたり、「ぶんまわし」や貴重な『北斎画苑』のブックカバーを間近で見せてもらったり、休憩とは名ばかり、みんな大好きな博士ちゃんを前に忙しそうでした。

浮世絵版画について、みんなで謎とき

第2部は、参加者で3〜4人のグループをつくり、イベント主催者が用意した5つの「浮世絵版画のなぞ」の答えを考えます。こちらが参加者に配られたワークシートです。

イベント主催者が用意したワークシート。

なぞ① 北斎が紙に筆でえがいた「神奈川沖浪裏」の絵を、彫師はどうやって版木に彫るでしょう?
なぞ② 何色も版画ですっているのに、絵がずれないのはなぜ? 
なぞ③ 浮世絵版画はどんな紙にすられている? 
なぞ④ 北斎の「神奈川沖浪裏」には「ベロ藍」という青い絵の具が使われています。この絵の具は、外国で作られた絵の具でした。元々、どこの国で作られた絵の具でしょう?
なぞ⑤ 摺師が使う道具「ばれん」は2つの材料でできています。それは何でしょうか?

大人でも即答できない謎ばかりです。(しかし一部の参加者は答えを知っていて、びっくり。)これらの答えを、子どもたちは会場の展示物などから探っていきます。制限時間は10分間と、ゲーム感覚でのグループワーク。各テーブルには、現代の職人が復刻した浮世絵版画や道具が用意され、子どもたちが実際に物に触れながら答えを考えることができるようにしていました。そして、目黒さんは「ここはどうなってる?」と観察を促したり、「なんでそう思った?」と回答の根拠を一緒に考えたり、子どもたちを優しくサポートしていました。

本物に触れて、伝統技術の継承を知ってほしい

5つのなぞの答え合わせの際には、主催者が動画や写真で説明をするだけでなく、和紙(越前生漉奉書)の切れ端を配布し「ちぎってみてください」と言う場面も。 絡み合った楮(こうぞ)の繊維を見てもらうことが主旨ですが、こどもたちは大喜びです。(これでもかというほど細かくちぎってはしゃぐ参加者もいました。)この和紙、なんと人間国宝・岩野市兵衛さんが漉いたもの。切れ端とは言え、こんな経験、今後の人生でそうそう無いのでは。

浮世絵版画の制作工程について説明するアダチ伝統木版画技術保存財団の中山さん。目黒さんが持っているのは現代の職人が制作した版木。

主催のアダチ伝統木版画技術保存財団の理事を務める中山周さんによれば、「今回のイベントでは、お子さんたちに、浮世絵版画に関する知識を、できるだけ自分自身の体験として持ち帰っていただきたいと思いました。伝統技術の継承に努める若い職人たちがいること、浮世絵の文化が今も生き続けていることを、このイベントでの体験を通じて、少しでも知っていただければと思いました」とのこと。 

残念ながら全問正解のチームはありませんでしたが、参加賞として、全員に「神奈川沖浪裏」のポストカードが配られました。イベントで使用したワークシートは、若手の職人が研修期間中に練習で摺った和紙にくるんでお持ち帰りです。これらのお土産を見るたびに、和紙や版木を触った今日の経験を思い出せると良いですね。

日本文化のこれからを担う、小さな博士ちゃんたち

この日のイベントの参加者の中には、活発なお子さんも、内気なお子さんもいましたが、目黒さんを筆頭に、ここにいる全員が美術や歴史が好きで、日頃の好奇心を全開にして良い場所だということを、誰もが喜んでいるように見えました。(浮世絵柄のTシャツを着ていた筆者に、はにかみながらも話しかけてきてくれた子もいました!)イベントのスタート時には緊張した面持ちだったお子さんも、最後に集合写真を撮る時には笑顔に。

好きなことを追求して「博士」と呼ばれる目黒さんは、子どもたちの憧れの存在。

下の画像は、イベント参加者が、イベント終了後に考えた「『神奈川沖浪裏』のキャッチコピー」です。


イベント主催者に子どもたちが教えてくれた、それぞれの「神奈川沖浪裏」のキャッチコピー案。

どれも素敵ですよね。この日の参加者の子どもたちは、これからきっと、家族やたくさんのお友達に、浮世絵の魅力を伝えていってくれるのではないでしょうか。日本文化のこれからを担うお子さんたちが、この日のイベントの体験を通じて、どんな自由研究に取り組むのか、とても楽しみです。イベント会場となったアダチ伝統木版画技術保存財団の企画展は、8月24日まで。展示内容は子どもを対象にしたものではありませんが、会期中来場されたお子さんには鑑賞を補助するワークシートを配布しています。

アダチ伝統木版画技術保存財団設立30周年記念展
数字でわかる 北斎「神奈川沖浪裏」の世界的評価とその魅力
会 期:2024年6月25日~8月24日
時 間:火〜金曜日 10:00〜18:00
土曜日 10:00〜17:00
休業日:日・月曜日、祝祭日、8/13,14,15
会 場:アダチ伝統木版画技術保存財団 常設展示場(東京都新宿区下落合3-13-17)
観覧料:無料

お問合せ:03-3951-1267
公式サイト:https://foundation.adachi-hanga.com/information_namiura24/

取材・文 松崎未來(ライター)
協力 目黒龍一郎、アダチ伝統木版画技術保存財団(敬称略)