21世紀の浮世絵師募集! アダチUKIYOE大賞とは?
日本文化を代表する浮世絵。北斎や広重らが描いた下絵は、高度な技術をもつ彫師(ほりし)・摺師(すりし)によって木版画として制作され、日本はもとより世界中の人々の手に届けられてきました。この制作技術は、現代まで職人の手から手へ脈々と受け継がれてきていますが、常にその時代時代に合った新しい浮世絵、そしてそれを描く絵師の存在が求められ続けています。そうしたアーティストを発掘するべく、伝統的な木版画の技術の保存・継承のために活動するアダチ伝統木版画技術保存財団が主催している公募「アダチUKIYOE大賞」をご紹介します。
伝統の継承に不可欠な温故と知新
アダチ伝統木版画技術保存財団は、浮世絵版画に代表される、日本の伝統的な木版画の技術を保存・継承することを目的に1994年に設立されました。その活動の主軸は、技術を継承する彫師・摺師の育成です。現在、財団の設けた研修制度を経て、数名の若手の彫師・摺師が活躍しています。
現代の彫師・摺師たちの主な仕事は、①浮世絵作品の復刻、そして②現代作家の木版画作品の制作となります。①は、江戸時代の北斎や広重の浮世絵を、当時と同じように人の手によって、新たに版木から作り直すものです。
明和2(1765)年に多色摺木版画の技術が完成してから、慶應3(1867)年の大政奉還までのおよそ100年に限定しても、浮世絵版画はまさに星の数ほど制作され、そこから多種多様な木版表現が生まれました。浮世絵作品の復刻を通じて、彫師・摺師は、基礎から応用まで、木版制作の技術のすべてを学び取ることができます。伝統木版の技術継承に、浮世絵の復刻は不可欠です。
ただし江戸時代の日本の木版技術の急速な進歩と展開が、絵師の創意工夫、そして消費者である大衆の熱狂や流行に乗ったスピード感と密接に関係しているものであったことを考えるとき、職人の技術のステップアップに、②の新たな作品の制作も非常に重要になってきます。
同じ時代を生きる人間としての作品への共感、自分の手元からいま新しいものが生まれようとしている高揚、新作を待ち望むファンの期待とそれに対する緊張、そうしたクリエイティブなモチベーションこそが、職人の技をより磨き、木版画表現の可能性を切り拓いていきます。そして伝統の技術を継承していく意義も、そこにあると言えるのではないでしょうか。
「アダチUKIYOE大賞」は、こうした日本の伝統技術の次代を担う彫師・摺師と伴走する絵師を発掘するため、アダチ伝統木版画技術保存財団が2009年から実施している公募です。
新たな才能を求めて 現代の絵師との出会い
今年で第12回目を迎える「アダチUKIYOE大賞」。応募者はポートフォリオ(これまでの作家活動がわかる資料)を提出し、受賞作家は、賞金と現代の彫師・摺師による作品の版画化の権利を獲得します。
これまで、数々の受賞者の作品が、伝統的な木版画の技術によって版画化されてきましたが、中でも大きな話題を呼び、商品化に至ったのが、第9回の大賞受賞者、宮﨑優さんの作品「花ざかり」です。桜の木の下に立つ和装の女性。ボブの黒髪が風になびいて、花吹雪が舞っています。
まさに現代の「浮世絵美人画」と言えますが、歌麿の浮世絵のパロディではなく、現代的な感覚で描かれた繊細な美人画です。もちろん、女性の髪型やメイクが現代のものですし、着物の柄や着こなしも(古典がベースになってはいますが)現代の和装です。映画ポスターのようなカメラアングル、ペールトーンのピンクとブルーのグラデーションの組み合わせも、江戸時代の浮世絵には見られず、現代の絵師・彫師・摺師の感性が生きているように感じます。
宮﨑優さんは、2015年頃から独学で日本画の制作を始めました。2016年には、現代美人画のアンソロジー『美人画づくし』(監修・池永康晟/芸術新聞社)の掲載作家18人のうちの一人に選ばれるなど、早くも美術ファンのあいだで注目されていましたが、それ以前に受賞歴はなく、2017年に応募した第9回「アダチUKIYOE大賞」の大賞が、初めての本格的な受賞となりました。
完成した木版画「花ざかり」は、ウェブ上でも大きな反響を呼び、大賞受賞後にNHKの土曜ドラマ「浮世の画家」の劇中画制作の依頼も舞い込むなど、「アダチUKIYOE大賞」の受賞は、宮﨑さんの作家活動を大きく前進させることになりました。
応募の動機は木版画の表現への強い興味
宮﨑さんのアダチUKIYOE大賞への応募の動機は、着物の型染(かたぞめ)の表現の追究からでした。型染とは、その名の通り、型紙を用いて布を染める方法。宮﨑さんは、この着物の型染を日本画で表現する際、色ムラを出さないように絵具を塗り重ねていくと、型染の雰囲気が出ないことに悩んでいました。
そんなとき浮世絵を見る機会があり「自分の思う型染の表現は、木版画であれば可能なのではないか」と思い、周囲の助言もあってアダチUKIYOE大賞に応募をしたのだそうです。
受賞後、宮﨑さんが描いた木版画作品の下絵は、もちろん型染の着物を着た人物画。木版画制作にあたりディレクションを務める財団事務局のスタッフと話し合い、彫師・摺師にイメージを伝え、何度かの校正を経て、完成にたどり着きました。宮﨑さんは、制作当時を振り返り、木版画の魅力をこう語ります。
「木で彫った凹凸から生まれる木版画は、やはり普通の印刷とは異なり、手に取った時のエネルギーの違いを感じました。着物でも、現在では生地にインクジェットでプリントしたものがありますが、それと型染のものとが違うように、木版画には、これだけエネルギーが込められるものかと感動しました。まさに自分が見たかった型染の表現が実現したときは、本当に嬉しかったです。」
宮﨑さんの受賞は、言うまでもなく宮﨑さんの画力と作家としての将来性に拠るものでしょうが、やはり胸の内に確固とした「表現したいもの」を持っていたことが、結果に繋がったのではないでしょうか。「花ざかり」の発表から2年、宮﨑さんはさらなる活躍を続けています。11月26日からは銀座のギャラリー、アートもりもとでの個展「ここから見える世界」もスタート。昨今の状況を鑑み、今回在廊は断念されたとのことですが、個展開催に向けて前向きなコメントをいただきました。
「2020年は新型コロナウィルスが世界規模で流行し、多くの方々が不安な日々を過ごされたかと思います。そんな中、当たり前の日常の有り難さを感じると共に、文化やアートの価値を改めて考えてさせられる年になりました。この度の個展ではそういったささやかな日常の幸福や、文化の美しさを感じていただけると幸いです。」
花火を見上げる浴衣姿の女性を描いた新作に、パンデミックの終息を願うばかりです。また、これからアダチUKIYOE大賞に応募する方々への応援メッセージも頂戴しました。
「アダチUKIYOE大賞は、数在る公募展の中でも応募作家への負担が少なく、入賞時の特典がとても大きい公募だと思います。受賞をきっかけに、思いがけないお仕事を頂くこともありました。 そして木版画制作から学ばせていただいたことが、絵の制作への大きな糧となり、新しい表現方法に繋がりました。本心を言うと、もう一度私も応募したい気持ちです!(笑) ジャンルを問わず、一人でも多くの作家さんにチャレンジしていただきたいです。」
宮﨑さん、素敵なメッセージをありがとうございました。ますますのご活躍、楽しみにしております。
来れ、21世紀の浮世絵師
現在アダチUKIYOE大賞は第12回の応募を受け付けています(2020年12月25日締め切り)。最後に、主催のアダチ伝統木版画技術保存財団の事務局スタッフに、近年の傾向や今後の展望についてお話をうかがいました。
「アダチUKIYOE大賞も今年で12回目となりますが、公募名に『浮世絵』と冠しているせいか、全体的な傾向としては、応募者から送られてくるポートフォリオには、日本をテーマにした作品や和風のモチーフを扱った作品が多いです。ただし公募名を『UKIYOE』と表記しているのは、従来の『浮世絵』ではなく新たな『UKIYOE』を創出したい、という想いからであり、主催者としては、江戸時代の『浮世絵』にとらわれず、より多彩な分野・作風の作家さんに応募いただきたい、という風に思っています。英語表記なのは、国際的な認知を目指していることもあります。
私どもも、回を重ねながら、応募条件の変更や募集テーマの設定など、毎年試行錯誤をしていますが、宮﨑さんの和装美人の作品が特に反響が大きかったのは、題材の『浮世絵らしさ』よりも、宮﨑さんご本人が、木版を単なる複製や印刷の技術としてではなく『自分ひとりではできない新しい表現を生み出す手段』としてとらえていらっしゃったことに起因しているように思います。
当財団がこれまでに制作監修にあたってきた木版画作品の一例を財団のウェブサイトに掲載していますので、アダチUKIYOE大賞への応募を検討されている方は、こちらを見ていただくと、木版画の表現の幅広さと私どもが挑み続ける新しい『UKIYOE』の模索の一端をお分かりいただけるかもしれません。若手の彫師・摺師の成長を見守り、ともに新たな『浮世絵』を生み出してくださる方からのご応募をお待ちしております。」
日本の浮世絵を世界に広めた伝統の技。ご興味のある方、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。
第12回 アダチUKIYOE大賞 募集要項
これまでに制作した作品を紹介するポートフォリオ(※A4ファイル10ページ以内でまとめてください。)
(2)応募資格
経歴・年齢・国籍 など不問
(3)応募方法
所定の応募票に必要事項を記入し、応募作品に添付し、下記事務局まで送付ください。
(4)出品料
無料 ※但し、作品提出にかかる送料等費用は応募者負担。
(5)賞
大 賞:賞金30万円+現代の職人の技で作品を木版画として制作(完成した木版画を進呈)
優秀賞:賞金15万円+現代の職人の技で作品を木版画として制作(完成した木版画を進呈)
佳 作:賞金5万円
(6)審査委員
小山登美夫(ギャラリスト)、三井田盛一郎(東京藝術大学 美術学部絵画科 准教授)、山下裕二(明治学院大学 文学部芸術学科 教授)、安達以乍牟(アダチ伝統木版画技術保存財団 理事長)
(7)応募締切
2020年12月25日(金)必着
募集要項の詳細はこちらのウェブサイトにてご確認ください。
◇応募・問合せ先
公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団 事務局
〒161-0033 東京都新宿区下落合3-13-17
TEL 03-3951-1267
MAIL adachi@adachi-hanga.com
文・「北斎今昔」編集部
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