浮世絵の名作を生んだ伝統木版技術の職人に! 彫師、摺師志望者向けインターンシップをレポート

浮世絵の名作を生んだ伝統木版技術の職人に! 彫師、摺師志望者向けインターンシップをレポート

江戸時代、浮世絵は、北斎や広重らの絵師が描いた下絵をもとに、彫師と摺師が職人技を駆使することで木版画として作られていました。この浮世絵制作の技術を保存継承するために活動している公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団が、2020年8月24日〜27日の4日間、「将来、彫師・摺師となって活躍したい!」という若者を対象にしたインターンシップを開催しました。未来の匠となる人材を採用するために実施されたこのワークショップ型のインターンシップについて、同財団事務局の中山周(なかやまめぐり)さんに話をうかがいました。

浮世絵の制作技術は、世界に誇れる日本独特の印刷文化

——そもそも「公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団」とは、どのような財団ですか?

「江戸時代に浮世絵の制作技術として発展し、完成した伝統木版技術は、明治以降、他の印刷技術の登場により衰退し、昭和の終わり頃には、担い手である職人の後継者が少なくなっていました。この危機的状況を受け、私ども財団は、世界に誇れる日本独特の印刷文化を次代に残していきたいという思いから、伝統木版技術の保存と継承を目的に、平成6(1994)年に設立されました。」

同財団では、日本独自の伝統的な木版技術を広く紹介することを目的に、国内はもとより海外の美術館・博物館などでの実演も行っている。

職人の世界も、現場を知ることが大切

——貴財団で、インターンシップを実施するようになったのは、どういった経緯があったのでしょうか?

「財団設立から2年後の平成8(1996)年度に、将来彫師・摺師になって活躍する人材を育成するための『高度技術者研修制度』を創設して以降、後継者育成事業を行ってきました。毎年1、2名の研修生に対して、半年間(※ 創設当初は2年間)の技術研修を実施してきました。

具体的には、財団の母体となっているアダチ版画研究所の職人から、毎日の作業をとおして、基本的な技術を学んでいくというプログラムです。また、研修期間は、将来職人として仕事をしていくことの適性や心構えを研修生本人、そして財団が互いに検証する期間にもなっています。

この制度は、今年24年目を迎えますが、現在、7名程度の彫師・摺師が一人前の職人として活躍しています。この数字をご覧いただくと、研修生全員が職人の道に進んでいるわけではない、ということがお分かりいただけると思います。中には『想像していた仕事とは違った』という理由で、数週間で研修を辞めた方もいました。

伝統木版の職人は、一人前になるまで(年季明け)に、彫師が7年、摺師が5年と言われている。技術者の年齢層の二極化も、継続の困難さを物語っている。

彫師、摺師の仕事は、実際にやってみなくてはわからない部分が多く、研修生として採用した後のミスマッチを少しでも防ぐために、何か良い方法はないかと考えました。その結果、実施案として出てきたのが、一般企業で導入されている、就職前の学生の方に実際の仕事場を経験してもらうインターンシップという制度でした。

一般企業の実施方法とは、異なる点もありますが、研修生を目指す方を対象に、彫と摺をプロの職人から教わり、課題の作品を仕上げるというワークショップ型のインターンシップを、平成26年度から実施するようになりました。」

彫と摺の作業をプロの職人から学ぶ4日間

——今年のインターンシップは、具体的にはどんな内容で実施しましたか?

「今回は、4日間でハガキ大の木版画を制作してもらいました。図柄は、こちらで指定した比較的簡単なもので、用意した見本にならって制作してもらいました。作業は、前半2日間が彫、後半2日間が摺です。毎日朝9時から夕方3時まで、途中1時間のお昼休みをはさみ、1日5時間、4日間で計20時間の研修を行いました。今年は、12名の応募者の中から書類審査をへて4名を選出しご参加いただきました。」

以下、本年実施のインターンシップを例に、4日間の研修内容をご紹介します。

課題:北斎が描いた図案「わちがいうさぎ」を用いたハガキ大の木版画制作

インターンシップ参加者用のサンプル。図柄は『北斎模様画譜』より。下段右端が完成図。3版の版木が必要。

1日目(8月24日)
彫師 岸千倉氏(アダチ版画研究所所属)が講師となって、実演をしながら説明。
午前中は、版下絵を用意し、板へ貼りつけ、線の両脇に刀を入れるまで。午後は、余分なところを取り除き、線や面を彫りあげるまで。1日目で彫の作業を学びます。

財団の技術研修を経て、現在一人前の職人として活躍する30代の彫師の岸千倉氏。インターンシップではベニヤを用いるが、ふだんは堅い山桜の板に版を彫る。

2日目(8月25日)
1日目に学んだことをもとに、参加者が個別に作業をしていきます。わからないところは、講師に直接質問しながら3版を彫りあげます。

彫師の手元を真剣に見入る参加者。人に聞くよりまずネット検索する傾向にあると言われるミレニアル世代。研修の中でコミュニケーション能力も試されている。

3日目(8月26日)
作業の前に、実際研修が行われる工房の見学をしながら、彫師・摺師の日々の仕事について事務局スタッフより説明を受けます。

20代の若手が並ぶアダチ版画研究所の工房見学。具体的な仕事についての説明を受ける参加者。目の前には昨年度の研修生も。

見学後、摺師 京増与志夫氏(アダチ版画研究所所属)が講師となって、摺の基本について実演しながら説明を行います。説明後、各自彫り上げた版木を使って、1色ずつ摺っていきます。初日は、まず5枚の紙を使って摺り、出来上がった作品に対して、摺師からアドバイスを受けます。改善点を確認した後に、再度5枚の紙を使い摺ります。

デザインの勉強をしていた学生時代から財団主催の実演会に通い詰め、職人の道に進んだ摺師の京増与志夫氏。和紙の持ち方などから丁寧に説明する。

制作する作品のサイズは小さいものの、使用する彫刻刀やばれん、刷毛などは職人仕様。新型コロナウィルス感染防止対策として、今年は参加者数を制限し、席の配置も考慮したという。

4日目(8月27日)
3日目よりも枚数を増やし、30枚を規定の時間内に摺ることに挑戦。スピードと仕上がりを意識しながら作品を完成させます。質だけでなく量をこなすことを要求される摺師の仕事が体感できます。

参加者4名が4日目に摺った木版画。単なるワークショップと異なり、一定のタスクが設定された緊張感のある研修だった。

経験して初めてわかるプロの技術、仕事の魅力

——インターンシップに参加した方たちの反応はいかがですか?

「インターンシップ終了後に、皆さんに簡単なアンケートを書いていただいているのですが『実際やってみると彫師・摺師の仕事がいかに難しいかを体感することができた』『工房の見学や仕事についてのお話を講師の方から直接聞くことができ、だいぶ具体的なイメージをすることができた』『大変だと思うが、職人としての仕事に興味がさらに増した』といった感想をいただいています。

実際、参加されて研修制度への応募を見送られる方もいらっしゃいますが、皆さんこの4日間は、彫や摺の作業に集中し、真剣に取り組んでくださっています。私どもが継承に務める伝統木版技術、その手仕事の良さを少しでも体感していただく機会になっていることは、運営する私たちにとっても嬉しいことですね。」

インターンシップ参加者のアンケート。どの用紙にもびっしりと文字が並んでいる。

——来年以降も実施されるご予定ですか?

「はい。講師となった職人や運営スタッフとともに、改善点など見直しながら、来年以降のインターンシップの開催に反映していきたいと思っています。このインターンシップには、様々なきっかけで職人になってみたいと考えた方々にご参加いただいています。これまで、転職を考える社会人の方の参加もありました。今後『インターンシップ研修』をこれまで以上に、伝統木版技術の魅力を知っていただく機会にするとともに、次代を担う職人になるための門戸を一層広げていきたいと考えています。」

[2021.07.12 本年度の最新情報に更新しました。]
【 第25期(令和4年度)伝統木版画技術研修生募集要項 】
(1)職種:伝統木版画技術者 摺師(すりし)
(2)募集人数:各1名(予定)
(3)研修期間:6ヶ月間(研修開始は令和4年4月~9月末)
(4)研修場所:東京都新宿区下落合3-13-17
(5)募集期間:令和3年12月末日まで随時募集中
(6)応募資格:18歳から22歳位までの健康な男女で、高等学校卒業以上の学歴をもつ者
(7)応募方法:書類(履歴書と小論文)を下記財団事務局へ郵送、又は持参
 ※履歴書はB4・横書、小論文用紙はB4・縦書・20×20を使用してください
 ※小論文課題 「私がこの仕事を志す理由」(800字~1000字)
 ※応募書類は返却しません

(8)選考方法:①書類選考後、②実地試験を経て、応募者全員に合否結果を郵送にて通知、その後③面接
(9)合否決定:面接終了後、研修生採用審査員により審議を行い、合格者を決定します
(10)受付・問合せ:アダチ伝統木版画技術保存財団 事務局
 〒161-0033 東京都新宿区下落合3-13-17
 TEL 03-3951-1267 / FAX 03-3951-2137
 メール adachi@adachi-hanga.com

※上記研修生の応募を検討されている方は、ぜひ令和3年度の夏のインターンシップ研修(8月23日~26日実施)にご参加ください。

協力・公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団
文・「北斎今昔」編集部