北斎や広重の絵画の中へ!「巨大映像で迫る五大絵師」展レポート
2021年7月16日より、東京・大手町三井ホールにて、デジタルアート展「巨大映像で迫る五大絵師 ー北斎・広重・宗達・光琳・若冲の世界ー」がスタートしました。日本近世絵画史を彩る絵師たちの豪華競演に、浮世絵界からは、葛飾北斎と歌川広重が参戦。巨大スクリーンでの美術鑑賞は、どんな体験を可能にするのでしょうか。注目の同展をご紹介します。
五大絵師の名画の中に飛び込める!?
「新感覚のデジタルアート展」と銘打たれた、この度の展覧会「巨大映像で迫る五大絵師」。会場には実際の作品は展示されておらず、会場で鑑賞するのは、すべてデジタル映像とのこと。正直、はじめは「デジタルでは、浮世絵版画の良さは分からないのでは?」とやや懐疑的だったのですが、会場に入るや新しい美術鑑賞のカタチに大興奮。作品と直に接する機会のかけがえのなさは大前提として、作品のこれまでにない魅力を引き出す展覧会だと思いました。会場はもはや日本美術のテーマパークであり、流れる映像はまるでアトラクションでした。
「巨大映像で迫る五大絵師」のメイン会場にある「3面シアター」の巨大スクリーンに映し出される数々の名品の中では、雪が舞ったり、花吹雪が散ったり。会場のスピーカーからは、ジャズや三味線の演奏が流れ、ときには大音量の雷鳴が轟きます。音楽と映像によるエンターテインメントショーと言った方が、イメージが掴みやすいかも知れません。
ちなみに「3面シアター」のスクリーンの大きさは、縦7m・横45m。これだけの面積の巨大な絵画に囲まれると、自分が小人になって作品の中に入ったような感覚になります。例えば北斎の「神奈川沖浪裏」を、7mの画面天地に合わせて引き伸ばすと、画面の面積は約730倍になります。これだけ拡大しても、画質は全く荒れないどころか、映像はさらに作品の細部にクローズアップしていくのです。ここまで拡大しても破綻しないなんて、一体どんな技術で出来ているのでしょうか。映像や舞台演出の仕事に関わっている方は、一層楽しめる展覧会だと思います。
もちろん、ドラマティックな演出ばかりではなく、五大絵師やその作品についての解説(英文字幕付き)映像も用意されていますので、五大絵師についての予備知識がなくてもご心配なく。メイン会場の手前の「解説シアター」で、まずは作品の主題や実際のサイズ、注目すべきポイントをしっかり押さえてから、作品の中にダイブするという順路になっています。作品への理解を深めた後に作品の細部を巨大画像で見ると、絵師の筆意やこだわりがはっきりと見えてきますよ。
さらに、迫力満点のデジタルアートに圧倒されたあとは、北斎・広重のそれぞれの代表作の中から人気の58点を、大型4Kモニター12台で改めてじっくり鑑賞することができます。浮世絵版画(大判錦絵)の一般的な大きさは、だいたいB4判くらいですから、展覧会でソーシャルディスタンスを保ちながら、これらの作品の細部をじっくり見るのはなかなか気疲れします。ですが、大型モニターなら他の来場者へ配慮しつつ、自分のペースで作品を鑑賞できます。20億画素の超高精細技術で復元された「冨嶽三十六景」「東海道五拾三次」の並ぶ回廊で、ゆっくりクールダウンしてからお帰りください。
アンバサダーは歌舞伎俳優の尾上松也さん
展覧会の開幕前日に当たる7月15日、会場の大手町三井ホールではプレス発表と内覧会が行われました。カルチャー系のメディアだけでなく、スポーツ紙や映像業界専門誌など幅広いジャンルのメディアから記者が出席し、同展が各界からの注目を集めていることがうかがえました。この日の登壇者は、同展アンバサダーを務める歌舞伎俳優・尾上松也さんに、五大絵師の作品の所蔵元の関係者。解説ナレーションを担当した光浦靖子さん(現在留学中)からは、ビデオレターが届きました。
登壇者の皆さんが異口同音に称賛したのが、やはり「3面シアター」の映像が生み出す作品への没入感。かつてない体験への感動を、それぞれお話しくださいました。
尾形光琳らの作品を所蔵する岡田美術館の館長で、本展を監修した日本美術史家の小林忠さんは「これだけの拡大にも耐え得る作品の密度に、改めて感動しました。この五大絵師展をきっかけにして、多くの方が実際の作品に興味を持ち、美術館に足を運んでいただけたら」と語り、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」(国宝)を所蔵する建仁寺内務部長の浅野俊道さんは「作品の細部に意識が向うことで、新しい視点を獲得できるのでは。ぜひ、ここでの体験を持ち帰り、実際の作品と向き合う機会に活かしていただきたいと思う」と語りました。
また、尾上松也さんは「歌舞伎も五大絵師たちの作品も、現代では古典と言われていますが、先人たちが当時の新しい表現を模索した結果、生まれて来たもの。時代時代の価値観や解釈で楽しめる、色褪せない魅力を持っていると思います。今改めて、日本の文化が持つ力に目を向け、コロナ禍という逆境をむしろチャンスに変えていきたい」と述べられました。
その後、報道陣からの質問に対して答える場面では、展覧会の作品の中で特に印象深かった作品として歌川広重の「東海道五十三次」を挙げた松也さん。「広重の作品からは、当時の庶民の息遣いが感じられます。東海道の起点である日本橋は、私の地元・銀座からも近く馴染みのある場所。その日本橋の活気を非常によく伝えていると思います」と話し、「歌舞伎の演目にも『傾城反魂香』など、絵師が登場する作品があります。今回、巨大映像で作品の細部まで見ることで、作品に注ぎ込まれた絵師たちの情熱や魂に触れることができました。この経験は、今後の芝居にも活かしていきたい」との抱負も述べられました。
なお「五大絵師展」で出会える作品の一部については、こちらのYoutubeチャンネルで、小林忠さんや美術館・博物館の学芸員の方々が作品紹介してくださっています。お出かけの前にまずはぜひ、画面の中に入ってみたい作品をぜひ見つけてみてください。
https://www.youtube.com/channel/UClqIFPJBgKS4XMEv3IibnuQ/featured
最先端のテクノロジーから考える文化財の保存と伝承
そして最後に、少し真面目なお話を。「五大絵師展」は、誰もが理屈抜きで楽しめるエンターテインメントですが、最先端のテクノロジーによって実現したこの空間を体験することで、文化財を次の時代にどのように伝えていくか、ということを考えるきっかけにもなると思います。
日本には漆ややきもののように経年の変化を慈しむ文化がありますから、安易に劣化という言葉を用いることはできませんが、やはり多くの文化財の素材が、長い歳月の中で、光や温度、湿度に影響を受け、酸化し、制作当初の姿を徐々に失っていきます。また予期せぬ事故や天災も起こり得ます。そうしたことを踏まえ、その時その時の最新の技術で、今この瞬間の最良の状態を記録していくということは、文化財を適切に保存し(時には修復し)、次の時代に継承していく上で非常に重要です。
木版の圧によって生まれる和紙の上の凹凸、ひと筆ひと筆丁寧に塗り重ねられた絵具の厚み、そういった文化財の微細な情報までをデータ化する技術が現在あること。そしてその最先端の技術が、様々に応用され、多くの人に共有されていくことは、非常に意義あることだと思います。「五大絵師展」の映像は、文化財そのものの魅力のみならず、それを守り伝えてきた先人たちの努力、そして専門家以外ではなかなか知ることのできない最新の技術の革新性や次代への可能性までを、わかりやすく視覚化しています。
「北斎今昔」の読者の皆さまには、ぜひ「五大絵師展」の会場で、北斎・広重の作品を細部まですみずみとご覧いただき、絵師・彫師・摺師の共同制作によって生まれる浮世絵版画ならではの特質を大画面でたっぷりとご堪能いただければと思います。今も昔も、日本の豊かな美術文化を支えているのは、日本の技術力なのかもしれません。
展覧会情報
会 期:2021年7月16日〜9月9日
時 間:10:30~19:30(入館は閉館の60分前まで)
会 場:大手町三井ホール(東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi One 3F)
観覧料:一般 2,000円/大学生・専門学生 1,500円/中高生 1,000円/満70歳以上、小学生以下、障がい者の方(その付き添いの方1名まで) 入場無料
※会期中、上映プログラムが毎日入れ替わります。下記公式サイトの「開催カレンダー」と「ダブルプログラム上映作品一覧」にてご確認ください。
公式サイト:https://faaj.art/2021tokyo/
文・松崎未來(ライター)
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