浮世絵の技・What's that? 〜和紙①〜

浮世絵の技・What's that? 〜和紙①〜

18〜19世紀の日本で花開いた文化、浮世絵。今や世界中の美術館・博物館に美術品として収められているそれらは、かつて庶民が日常の中で気軽に楽しんだ出版物でした。下絵を描いたのは絵師の北斎や広重ですが、彫師(ほりし)・摺師(すりし)といった職人たちの手によって色彩豊かな木版画として量産され、広く流通したプロダクト。そしてこの木版印刷の技術は、今日まで途絶えることなく職人の手から手へと受け継がれています。連載企画「浮世絵の技・What's that?」は、現代の彫師・摺師の仕事場で、浮世絵の美を支えた職人の道具や浮世絵版画の材料等を取り上げ、ご紹介していきます。

浮世絵に用いる「和紙」

摺師の道具「ばれん」の使い方をご紹介した前回の記事で、浮世絵版画独特の摺りの技術について少し触れました。今回はその技術と不可分な関係にある用紙について話を聞きました。

現代の職人たちが用いている和紙の束。(撮影:「北斎今昔」編集部)

浮世絵を摺っている紙は、ふだん私たちの身の回りにある紙とはだいぶ違うようですね。

摺師「はい。浮世絵版画に用いる用紙は、基本的に和紙になります。摺りの工程を見ていただければわかると思いますが、一枚の紙に何色も色を摺り重ねていくので、まず何より丈夫な紙でないといけません。触ってみますか?」

分厚くて、やわらかいですね。

摺師「試しに、この紙の端、少しちぎってみて良いですよ」

しっかりと厚みがある丈夫な和紙。(撮影:「北斎今昔」編集部)

あ、結構、力が要りますね。ちぎったところ、紙の繊維が見えます。パルプを薬品で結合している洋紙とは、やはり違いますね。

摺師「繊維が絡み合っているんです。私たちの摺りの技術は、この絡み合った繊維の間に、絵の具の粒子をきめ込みます。美術館や博物館で観る200年近く前の浮世絵に、あれだけ色が残っているのは、和紙の繊維の中に、しっかり絵の具が入り込んでいるからなんです」

長い繊維が絡み合っているので、ちぎった部分が毛羽立っている。(画像提供:アダチ版画研究所)

伝統の技を支える素材

江戸時代からずっと、浮世絵にはこの和紙を使っているんですか。

摺師「ひと口に和紙といっても、原料の違いや産地によっていろんな種類があります。江戸時代の浮世絵も用途に合わせて、さまざまな和紙が用いられています。自分たちの工房でいま使用しているのは、越前でつくられている奉書(ほうしょ)という名前の和紙です。楮(こうぞ)100%の生漉(きずき)奉書です」

和紙の原料となる楮(こうぞ)の木。(画像提供:アダチ版画研究所)

越前って、いまの福井県ですよね? ホウショってなんですか?

摺師「たてまつる書、と書いて奉書です。公文書などに用いられていた、厚みのある高級紙です。いま触っていただいたのは、人間国宝の岩野市兵衛さんが、越前和紙の伝統的な製法を守り抜いて漉いてくださっているものですよ」

わ、スペシャルな和紙ですね。

和紙を漉く、人間国宝の岩野市兵衛さん。(画像提供:アダチ版画研究所)

摺師「現代では、表面の質感を和紙に似せた洋紙も多数開発され、製造されていますが、自分たちの摺りの技術は、楮の長い繊維が絡み合う手漉きの和紙でなければ十分に発揮できません。伝統的な木版画の技術を伝えていくためには、自分たちの努力はもちろん、昔ながらの材料や道具をつくり続けてくださる職人さんたちの存在が欠かせないんです」

そういえば、和紙づくりに用いるトロロアオイの生産を茨城県の農家が中止する、というニュースが2019年に話題になっていましたね。その後、文化庁などが支援に乗り出していますが、後継者の問題を中心に、まだまだ課題は多そうです。

歌麿の美人、広重の雪

工房で和紙の話を聞いたあと、改めて復刻版の浮世絵を眺めてみました。美人画や役者絵では、ふっくらやわらかい和紙の質感をうまく人の肌の部分に活かしていることがわかります。

和紙の肌地をそのまま活かしている歌麿の美人画。写真はアダチ版復刻。(撮影:「北斎今昔」編集部)

風景画でも、桜や雪、満月を和紙そのままの肌地で見せる表現が多いことに気づきました。まさに、日本の雪月花を表す素材。まだまだ和紙が生み出す浮世絵の魅力が見つかりそうです。続きはまた別の記事で。

広重の「東海道五拾三次」の代表作。降り積もった雪の白は、和紙の肌地そのまま。写真はアダチ版復刻。(撮影:「北斎今昔」編集部)

文・「北斎今昔」編集部