浮世絵の技・What's that? 〜ばれん②〜
18〜19世紀の日本で花開いた文化、浮世絵。今や世界中の美術館・博物館に美術品として収められているそれらは、かつて庶民が日常の中で気軽に楽しんだ出版物でした。下絵を描いたのは絵師の北斎や広重ですが、彫師(ほりし)・摺師(すりし)といった職人たちの手によって色彩豊かな木版画として量産され、広く流通したプロダクト。そしてこの木版印刷の技術は、今日まで途絶えることなく職人の手から手へと受け継がれています。連載企画「浮世絵の技・What's that?」は、現代の彫師・摺師の仕事場で、浮世絵の美を支えた職人の道具や浮世絵版画の材料等を取り上げ、ご紹介していきます。
「ばれん」の持ち方、動かし方
前回の記事では、現代の摺師の方に、プロ仕様の「本ばれん」を分解して見せてもらいました。今回は、ばれんの使い方を教わります。
ばれんのプロの持ち方を教えてください。
摺師「はい。ここにこうやって指を引っ掛けて」
摺師「こうです」
しっかり握るというより、グーで押さえこむ感じなんですね。
どうやって動かすんですか?
摺師「基本は左右に動かします。竹皮の目の方向に動かします」
あー、小学校の図工の時は、そんなの気にせずに四方八方ゴシゴシやってた気がします……。
摺師「円を描くように使う場合もありますが、基本は左右です。左手で摺台を押さえ込むようにして、重心を台の上に乗せ、肩の力で摺ります」
うわ、結構な力仕事ですね。
摺師「浮世絵版画は、基本的に絵の具を水で溶くだけで、接着剤のようなものを入れません。余分なものを混ぜず、摺師の技術で、和紙の繊維の中に絵の具の粒子をきめ込むんです。力任せにやれば良いというものではありませんが、かなり体力は必要です。
もし良かったら、いま摺ったものを触ってみてください。指に、絵の具がつかないですよね。紙の裏側から見ると、絵の具が紙の中にしっかりきめ込まれているのがわかると思います」
ホントだ! こんなに色がしっかりついてるのに、表面に絵の具が残ってない! 紙の中に、絵の具が全部入り込んでるんですね。あ、そうか、だからどんどん摺ったものを重ねられるんですね。
摺師「はい。私たちの仕事は、100枚、200枚といった単位で摺るので、一枚一枚摺るごとに絵の具が乾くのを待っていたら、スペースも時間も足りません。絵の具を過不足なく版木の上にのせ、素早く和紙の中にきめ込む。生産性や効率を重視する中で生まれてきた技術なんです」
なんてシステマティック。しかも絵の具に定着剤などを混ぜないことで、透明度の高い鮮やかな色彩という表現上の効果も同時に実現しているわけですね。これは、ヨーロッパの印象派の画家たちがメロメロになったわけです。ニッポンの職人の技術力、すごい。
摺師「木版印刷の技術自体は、大陸から日本に伝来したものですが、ここまで職人の技に依拠したかたちで発展を遂げているのは、日本独特だと思います。ばれんって『馬連』という漢字を当てるんですけれど、これは中国の版画の摺りの道具に馬の毛が使われていたからだと言われています。
あと、ばれんという名称は、ドイツ語の"Handballen"(手のひらの親指の付け根の肉の盛り上がっているところ)が語源ではないか、という説もあるそうです。いろんな歴史を経て、江戸時代の日本の庶民文化の中で完成した道具なんです」
形状や機能はとてもシンプルな道具ですけれど、世界中のいろんな国や地域の人類の叡智がぎゅっと凝縮されてるんですね。そうやって日本で完成したこの道具が、北斎や広重の名画を世界中に送り出していったのかと思うと、非常に感慨深いです。
文・「北斎今昔」編集部
ばれん① あの円盤の中には何が入っている? | |
ばれん② ばれんの握り方、知っていますか? |
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