「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」展レポート

「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」展レポート

クールジャパンのアイコンとしてもはやなんとなく見慣れてしまった(?)浮世絵を、「ジャポニスム」の視点から見つめ直す展覧会が、千葉市美術館でスタートしました。「ジャポニスム」とは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、欧米を席巻した一大日本ブームのこと。印象派の画家たちが浮世絵から多くのインスピレーションを受けたという話は有名ですよね。彼らの視点を借りて浮世絵をいま一度見つめてみたら、新しい発見があるかもしれません。

雑誌『パリ・イリュストレ』は、1886年の45-46号合併号で大々的な日本特集を組んだ。表紙には渓斎英泉の浮世絵の図柄(左右反転)が使用されている。またジークフリート・ビングは88年から日本美術を紹介する月刊誌『芸術の日本』を刊行。第一号の表紙デザインには、広重の浮世絵が採用されている。

「ジャポニスム」が教えてくれる、浮世絵のクールさ

19世紀後半、長年にわたった日本の鎖国体制に終止符が打たれると、さまざまな日本の物産品が欧米に紹介されるようになります。中でも欧米の人々が注目したのが、浮世絵や陶磁器といった美術工芸品でした。日本独自の美意識の下、精度の高い職人技によって制作されたそれらは、海外市場で高値で取引され、やがては欧米人好みの輸出専用商品が制作されるほど人気を博しました。

「ジャポニスム」とは、19世紀後半から20世紀初頭の欧米における日本の美術工芸品の流入、そしてその影響を受けた日本趣味の美術作品や工芸品の成立といった一連の潮流を指します。ポスト印象派の画家、フィンセント・ファン・ゴッホが熱心な浮世絵蒐集家であり、その魅力について多くの言及をし作品制作に活かしていたことはあまりにも有名でしょう。しきたりだらけの旧弊な西洋画壇にうんざりしていた画家たちは、日本の浮世絵の自由な発想から多くのインスピレーションを得たのでした。

鈴木春信「夜の梅」 明和3(1766)年頃 メトロポリタン美術館蔵

彼らは、浮世絵のどのような点に注目し、何に惹かれたのか。「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」展は、ジャポニスム、つまりは浮世絵を愛した西欧の人々の視点から、浮世絵の魅力を検証しようという画期的な展覧会です。序章・終章を含む全10章で構成された展覧会会場では、各章ごとにテーマを設け、私たち日本人が気づいていない浮世絵のクールなエッセンスを抽出してくれます。

2W1Hで展覧会を鑑賞してみた!

「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」展 第二会場入口

「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」展は、以下のような構成で、客観的かつ多角的な浮世絵へのアプローチを試みています。

プロローグ:ジャポニスムとは何か?
第1章 大浪のインパクト
第2章 水の都・江戸—橋と船
第3章 空飛ぶ浮世絵師—俯瞰の構図
第4章 形・色・主題の抽象化
第5章 黒という色彩—影と余韻
第6章 木と花越しの景色
第7章 四季に寄り添う—雨と雪
第8章 母と子の日常
エピローグ:江戸の面影—ジャポニスム・リターンズ

章立てだけ読んでも、いろんな切り口から作品と向き合えそうですよね。会場は千葉市美術館の2フロア(8-7階展示室)。浮世絵、そして浮世絵からの影響が見られる欧米・ロシアの作品とを合わせて、総勢70名の作家、展示作品総数200点越えのボリューム満点の展覧会です。

「日本人」とあだ名されるほどの日本美術愛好家だった画家、ポール・エリューの油彩画と、喜多川歌麿の浮世絵版画が並ぶ展示室。

正直、見どころがありすぎて1回では見切れないかも……。そこで「北斎今昔」編集部では、大きく3つの問いを設定して、展覧会を鑑賞してみました。

すなわち、「何を(What)」「どのように(How)」「なぜ(Why)」の2W1H。かなり大雑把ですが、展示構成の各章にこれらの問いを割り振ると、浮世絵の特性・特質が押さえやすくなったように思います。

第1・2章 → モチーフ(何を・What)の面白さに注目。
第3〜5章 → 表現・技法(どのように・How)をじっくり観察。
第6〜8章 → 着眼点・作品成立の背景(なぜ・Why)から日本文化の特異性を考察。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保2-4年(1831-33) 個人蔵

モチーフ(What)に注目した第1・2章では、北斎の「神奈川沖浪裏」を筆頭に、四方を海に囲まれ水資源が豊富な日本ならではの多様な水の表現、水景の面白さに気づくことができました。私たちにとっては何気ない、橋梁が並び舟が行き交う隅田川の風景も、海外の人の目にはエキゾチックに見えたでしょう。ニッポンの常識や現代の価値観から解放され、視点を切り替えて浮世絵を鑑賞しようという本展の序盤に、ぴったりの1・2章です。

また水というモチーフは、ジャポニスムというグレートウェーブ、そしてそこから各地の文化に広がっていった波紋を象徴しているようでもあります。

イワン・ビリービン『サルタン王物』(アレクサンダー・プーシキン著・1905年初版)挿絵 国立国会図書館国際子ども図書館蔵 ※1/12-2/6展示 

続く第3〜5章は、木版画という表現・技法(How)にフォーカスします。浮世絵の大胆な構図や鮮やかな色づかい、あるいは細部の緻密な描写は、分業による版画の制作方法にも大きく起因しています。

和紙のやわらかな風合い、墨が生み出す黒の深さ、水性顔料の透明感のある鮮やかな発色。こうした素材の特性を活かす画づくりに、絵師たちは知恵を絞っています。鋭利な刀の刃先が生み出す力強くシャープな線、空間の奥行きや無限の拡がりを生み出すグラデーションなど、彫師・摺師の卓越した技術も見逃せません。

葛飾北斎「冨嶽三十六景」の壮大なスケールは、空や水を表す深い藍色(プルシャンブルー)なしには成立しなかったでしょう。和紙の肌地をそのまま活かした、鈴木春信の「雪中相合傘」の雪の表現は必見。「空摺(からずり)」という繊細なエンボス加工も施されていますので、少し斜めの角度からも作品を見てみてくださいね。東洲斎写楽の「大谷鬼次の江戸兵衛」は、まさに大胆にして細心。背景には雲母(きら)という鉱物性の粉を混ぜた絵具を用いて、役者の姿を際立たせています。

アンリ・ド・トゥールーズ ロートレック「ディヴァン・ジャポネ」1893年 ジマーリ美術館蔵

西欧の人々は、油彩画や石版画・銅版画という比較対象があることで、我々以上にこれら日本の木版画の表現の特異性を意識することができたのかもしれません。展示室では、春信や写楽の浮世絵(木版画)とともに、ロートレックのポスター(石版画)やビアズリーの挿絵(銅版画)などが並びます。

ルイーズ・アベマ「日本庭園のサラ・ベルナール」1885年頃 ジマーリ美術館蔵

そして第6〜8章で、改めてなぜ彼らがそこに眼を向け絵に描いたか(Why)を問い直すことで、日本人独特の美意識や感性を再認識しました。西洋の人々が見過ごしていた(とりたてて絵画の題材にはしてこなかった)自然への眼差しは、多くの芸術家たちに新たな気づきをもたらすと同時に、人類普遍のささやかな生の喜びへのシンパシーを湧き起こしたものと思われます。

浮世絵版画の興味深い点は、その画題に一定の需要があった(見込まれた)から制作されたということ。版画として量産する以上、絵師一人の創意では成立しないのです。野に咲く花、仲睦まじい母子の姿。四季折々の風情を楽しみ、家族の健やかな日々を願い、江戸の人々は、これらを絵草紙屋の店先で買い求めました。

ジャポニスムとは、庶民までもが日常の中に美術を取り入れていた(その当時の日本人には「美術」という概念はありませんでしたが)豊かな日本の文化への讃歌でもあります。最後の3つの章は、江戸時代からはだいぶ生活スタイルが変わった現代の私たちにとっても、共感と同時に新鮮な発見をもたらしてくれるのではないでしょうか。

鳥居清長「吾妻橋下の涼船」天明(1781-89)後期 メトロポリタン美術館蔵

無論、最初に記した通り、これはあくまで「北斎今昔」編集部流の展覧会のアウトラインをざっくりなぞった鑑賞法に過ぎません。展示作品のひとつひとつに、多くの見どころとドラマティックなストーリーが詰まっていますので、ぜひ2度、3度会場に足を運んで、時空を超えた「ジャポニスム」を堪能いただければと思います。

世界最高水準の浮世絵、集結

当初、2020年の千葉市美術館のリニューアルオープンと東京五輪の開催に合わせて企画されていた本展。企画の観点がグローバルなら、展示作品の所蔵元もワールドワイドです。メトロポリタン美術館、ホノルル美術館、ジマーリ美術館、それにプーシキン美術館。いまだ新型コロナウィルスの終息が見えない中、これほどハイクオリティな世界の名品を一堂に揃えた主催者の熱意には、ただただ脱帽。「知ってる」はずの北斎のあの絵も、「見たことある」はずの写楽のあの絵も、摺りや保存状態の良し悪しで、印象はまるで違います。ぜひ日本が世界に誇る木版印刷の美しさを会場で存分にご堪能ください。

ゴッホが模写したことで知られる広重の雨の名作「大はしあたけの夕立」は、なんと2点並べて展示してある。実は、左右の図で遠景に違いが。

そして、これらの一級品を目にし、その来歴を知ることで、来場者はしみじみと実感することと思います。「ジャポニスム」とは、単なる異国趣味の流行ではなかったのだ、と。確かな審美眼を持った人々が、浮世絵の特性と真価を理解し、その素晴らしさを様々な形で伝え広め、自分たちの文化の糧としていたのだということを。だからこそ今こうして、私たちは世界中の美術館・博物館で大切に保存されてきた日本の文化財に見えることができるのではないでしょうか。

東西文化の交流の軌跡をたどる本展が、現状、海外からの来場者を受け入れ難い状況にあることが、返す返すも残念でなりません。が、だからこそこの閉塞感漂ういま、日本国内にいる多くの方に見ていただきたい展覧会でもあります。今よりも交通や通信が不便だった時代に、人間のアイディアはどこまでも自由だったことに、改めて勇気づけられる展覧会です。

歌川広重「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」安政4(1857)年 個人蔵

会期中には、この展覧会の理解を深めるさまざまな講座や講演会も開催されますので、ぜひチェックを。なお、ご遠方の方はぜひ展覧会図録で展覧会をお楽しみください。展覧会図録は千葉市美術館ミュージアムショップのオンラインストアよりお求めいただけます。

ジャポニスムー世界を魅了した浮世絵
会 期:2022年1月12日(水)〜3月6日(日)
休館日:2月7日(月)
時 間:日〜木曜日 10:00~18:00(入場受付は閉館30分前まで)
    金・土曜日 10:00~20:00(入場受付は閉館30分前まで)
会 場:千葉市美術館(千葉県千葉市中央区中央3-10-8)
観覧料:一般 1,500円/大学生 800円/小中高生 無料
    ※しょう害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料
    ☆ナイトミュージアム割引:金・土曜日の18:00以降にご入場の方は、観覧料半額
公式サイト:https://www.ccma-net.jp/

 

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受付期間:2022年1月23日(日)〜27日(木)
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文/撮影・松崎未來(「北斎今昔」編集部)