浮世絵の歴史をゆっくりと辿る 「The UKIYO-E 2020」をレポート
2020年7月23日から、東京・上野にある東京都美術館では「The UKIYO-E 2020 — 日本三大浮世絵コレクション」が開催中。すでに来場された方もいらっしゃると思いますが、8月25日(火)からは後期展示となり、同じテーマでも作品のラインナップががらりと変わります。LB階から2階まで、3フロアに渡り、浮世絵の歴史に沿った5章構成となっている本展覧会。各章とも丁寧に作りこまれており、「浮世絵の歴史」といっても堅苦しいものではなく、それぞれの時代ごとに重要なポイントが分かりやすく解説されています。浮世絵に詳しい方から初心者まで、幅広い層の方が楽しむことができ、見終わった頃には浮世絵がさらに好きになっていること間違いなし! 見ごたえたっぷりの本展をレポートします。
錦絵誕生の感動を体感! 充実の初期浮世絵
「浮世絵」と聞いて多くの方が真っ先に思い浮かべるのは、北斎の「冨嶽三十六景」などに見られる色鮮やかな多色摺の木版画だと思います。しかし、浮世絵版画のはじまりは、墨一色で輪郭線だけが摺られた「墨摺絵」でした。本展覧会も、浮世絵の祖と称される菱川師宣の墨摺絵の作品から、「第1章 初期浮世絵」が始まります。
この墨摺絵に、筆で色をのせた「丹絵」や「紅絵」、「漆絵」と呼ばれるものが制作されたのち、紅色や草色を木版で摺った「紅摺絵」が誕生します。そして墨摺絵の誕生から約100年ほど経ったころ、ついに多色摺の「錦絵」が完成。より多くの色数を使い、繊細な表現が可能となりました。
第1章では錦絵以前、紅摺絵の作品までを展示。前期・後期でそれぞれ約30点ずつの初期浮世絵が出展されています。錦絵誕生以前の浮世絵版画をこれだけ見ることのできる機会はあまり多くなく、浮世絵版画が、当時の絵師や職人たちの工夫によって、徐々に色数や表現の幅が広がっていく過程がよく分かります。
ここで筆者が感動したのは、浮世絵の世界にどっぷりと浸り、体感できるような展示の構成です。特に第1章で、墨一色からの彩色や表現の移り変わりをじっくりと体感したことで、「第2章 錦絵の誕生」に足を踏み入れると、背景の細部まで繊細な色味で摺られた作品たちに、新鮮な驚きや、より一層のワクワク感を感じることができました。当時の人たちもはじめて錦絵を目にした際、同じような気持ちを抱いたのだろうか、と思うと、なんだか少しタイムスリップしたような気分にもなります。
「人」から「風景」へ 広がる表現をじっくりと味わう
この高揚感を胸に、第2章からはいよいよ彩り豊かな錦絵の浮世絵版画を堪能。もちろん「錦絵」と一口に言っても、江戸時代中期に誕生して以降、200年以上も続く歴史です。使用する絵具や職人の技術が進歩していっただけでなく、現実世界である「浮世」を表現し、庶民が楽しむものであった浮世絵には、その時代ごとで流行のテーマも異なります。
第2章から第3章では、美人画や役者絵を時代の流れに沿って展示しています。錦絵が誕生してから100年ほど、江戸時代中期から後期にいたるまで、長い間浮世絵のメインテーマとなっていたのは、美人画や役者絵などの「人」でした。今でいう俳優やアイドルのブロマイドの要素もあった美人画や役者絵を鑑賞していくと、女性や役者のとらえ方にも大きな流行の波があることがよく分かります。
また、着物の柄や背景にも季節や流行りが反映されているほか、中には物語や説話を当時の日常風景に置き換えて描いた作品もあり、どれも一枚一枚足を止めてじっくりと鑑賞したくなるものばかりです。
そして展覧会も後半、時代が江戸時代後期へ移り変わっていくにつれ、徐々に風景画が浮世絵版画の主要ジャンルのひとつとなっていきます。「第4章 多様化する表現」では、そうした過程を辿っていくことができ、美人画も前半と比べ、風景や天候の表現がより繊細で臨場感のあるものになり、背景に描かれる景色にこだわりがみられるようになりました。
そして迎える、最後の「第5章 自然描写と物語の世界」。「あ、これ見たことある!」という作品がもっとも多く展示されているのがこの章なのではないでしょうか。北斎や広重、国芳など、今でも広く認知されている有名絵師たちが描いた、風景画や物語を元にした作品が数多く展示されています。
このように浮世絵の歴史を体系的に辿っていくと、ふだん目にする「冨嶽三十六景」など、鮮やかな色や線の表現も、先人たちのさまざまな過程を経て可能になった表現であることがわかり、これまで以上に浮世絵に対する面白さが深まるのではないでしょうか。
施された江戸の職人技を間近で楽しむ
そして、展覧会を見る上でぜひ注目していただきたい点が、当時の職人たちが作品に施した技法の数々です。新型コロナウイルスの影響により、インターネットでの事前日時指定入場制となっている本展覧会。その分、来場者同士で間隔を取りながら、作品一枚一枚をゆっくりと鑑賞できる環境が整っていたように思います。
例えば版木に絵具をつけずに摺ることで、和紙に凹凸を出す「空摺」は、なかなか印刷や画像で見る浮世絵版画では伝わらないもの。また、初期の錦絵でも着物の帯などに「ぼかし」が施されていたりするのですが、後期に風景画が多様な展開を見せるにつれ、空など風景を表現するために「ぼかし」にも、様々なバリエーションが生まれていることがわかります。
もともと錦絵は、富裕層のあいだで絵暦(旧暦で月の大小を表すカレンダーのようなもの)の交換会が流行し、「より相手が驚くような優れた絵暦を作りたい!」という思いから制作が始まり、絵師はもとより、彫師・摺師などの職人たちの試行錯誤の上に誕生したものといわれています。
その後、より広く大衆へと親しまれるようになった浮世絵は、常に新しい表現を生み出すことで、世間に驚きや感動を与え続け、そして現在まで愛されているのだと思います。実際に和紙に摺られたオリジナルでないと伝わりにくいこういった職人技も、ぜひこの機会にゆっくりと楽しんでみてくださいね。
ちなみに、ゆっくりと鑑賞するなら、所要時間を1時間以上は見ておいたほうがベターかもしれません。物販コーナーも充実しているので、存分に楽しみたい方はぜひ時間には余裕を持ってチケットをご予約ください。(「北斎今昔」運営母体のアダチ版画研究所が制作する復刻版浮世絵も販売しています!)
展覧会情報
※ 本展は日時指定入場制です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
会 期:2020年7月23日(木・祝)~9月22日(火・祝)
休室日:9月7日(月)、14日(月)
時 間:9:30〜17:30
会 場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
展覧会公式サイト
[2020.11.07追記] 10月27日より「The UKIYO-E 2020 — 日本三大浮世絵コレクション」後期展示の会場をVRで無料公開しています。詳細はこちら≫
文・渡邉葵(「北斎今昔」編集部)
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