江戸っ子が夢見た異郷の文化「浮世絵と中国」展レポート
クールジャパンの代表格、「和」の文化、浮世絵。しかし描かれている題材や技法をよくよく見ていくと、さまざまな国や地域の影響を受けて成立していることも分かります。中でも最も影響を及ぼしているのが隣国・中国でしょう。太田記念美術館(東京・原宿)で開催中の企画展「浮世絵と中国」は、浮世絵の中に見られる中国文化の影響を紹介した展覧会です。
心ときめく中国のヒーローたち
古来日本人は、中国からもたらされた知識や思想、技術を自分たちの文化の中に取り入れてきました。中国の文学を嗜み、希少な中国製の品々を所有することは、長らく人々にとって大きなステータスでした。鎖国体制下にあった江戸時代も、日本の文化は中国からの影響を受けており、浮世絵の中にもそれが色濃く反映されています。
好奇心旺盛な江戸っ子たちは、中国のどんなものに興味を持ち、どのように描いたのでしょうか。当時の人々の関心や指向を読み取れるのが、浮世絵に描かれた中国の歴史的人物や物語のキャラクターたちです。
現代でもお馴染みの『三国志演義』や『西遊記』『水滸伝』の物語は、江戸時代に和訳されて広く人々に親しまれました。江戸の中国文学ブームの背景には複数の社会的要因がありますが、やはり日本人が中国の文化に強い興味や憧れを抱き、登場人物の生き様や倫理観に共感を覚えていた、ということでしょう。
中国文学に登場する豪胆な英傑や知略に長けた軍師、絶世の美女たちは、浮世絵に数多く描かれています。入手できる資料も限られたであろう中、見たことのない異郷の人の姿を描き出す絵師たちの想像力の豊かさには驚かされますし、大胆な和製アレンジも見ものです。
たとえば歌川国芳のブレイクのきっかけとなった「通俗水滸伝豪傑百八人之一人(一個)」のシリーズには、実際の『水滸伝』には記述されていない場面や描写が多々見られます。しかしそのオリジナルの演出によって、人物たちの活躍はより印象深いものとなっています。それだけ江戸時代の人々が、中国の歴史や物語の登場人物たちを「自分たちの」ヒーローとして愛していたということではないでしょうか。
西洋発、中国経由の遠近法
中国からの影響は、画題だけでなく描画のテクニックにも見られます。比較的わかりやすいのが、画面の中に空間の奥行きを表す透視図法。西洋で成立した透視図法を、絵師たちは中国の絵画を経由して浮世絵の中に取り入れました。
浮世絵師たちは透視図法の理論をきちんと理解していたわけではなく、舶来品から見様見真似で学びました。そのため不思議な遠近感の浮世絵が多数制作されることになります。それでも従来の絵画とはちょっと違う奥行きのある画面が、多くの人にとっては目新しかったのでしょう。空間を三次元的に表そうと試みたこれらの浮世絵を、人々は「浮絵」と呼びました。この「浮絵」の参照元のひとつと考えられているのが、中国・蘇で制作された版画、いわゆる「蘇州版画」と呼ばれる作品群です。
※参考※ 中国の版画文化の一端である「年画」を紹介した展覧会のレポート…ふたつの国の民衆が愛した木版画 中国年画と日本の浮世絵の展覧会「珠璧交輝」展レポート(2022.11.01)
江戸時代には、西洋の書物や銅版画なども日本に紹介されていますので、そこから西洋絵画の技法を学んだ絵師もいました。が、おそらく町絵師であった浮世絵師たちがより参照しやすかったのは、中国の版画だったのではないでしょうか。浮世絵の中に、中国(風)の書画や調度品を飾っている様子がたびたび描かれているのが良い証拠。中国からの輸入品を集めたり、飾ったりする趣味人たちが、浮世絵師たちの周囲にも一定数いたと考えて良いでしょう。
江戸時代の浮世絵の国際色を考える上で「蘇州版画」の存在は重要ですが、現存数も少なく、日本での受容の実態は未だ分からないことも多いです。そうした中で、太田記念美術館の今回の企画展では、明らかな影響関係を指摘できる希少な作例を展示しています。
今後さらに研究が進み、美術史上の日中の文化交流が見えてくることで、江戸の浮世絵師たちの自由な精神と進取の気質に、より近づけるのではないでしょうか。私たちが思っている以上に、江戸の人々は中国を身近に感じていたかも知れませんよね。
中国文化の浸透
浮世絵には「見立て」や「やつし」といったパロディの伝統がありますが、中国を題材にしたパロディもだいぶ散見されます。例えばこちらの歌川国貞の美人画。雪の日の川岸に立つ美しい着物を着た女性たちの元ネタは、三国志の人物なんです。画面右上の「玄徳風雪訪孔明 見立 (玄徳、風雪に孔明を訪う 見立て)」という文字から、そうと知ることができます。
太田記念美術館のtwitterアカウントでは、本展の開催前に、こうした浮世絵の中に描かれた中国関連の「見立て」をクイズ形式で紹介。(解答はtwitterの投稿のスレッドに続きます。)江戸時代の人々も、これらの浮世絵をクイズ感覚で楽しんでいたのではないでしょうか。
1/5から開催「浮世絵と中国」の出品作品から問題です。本図の題名は「見立○○」。さて、○○に入るのは一体何でしょうか? pic.twitter.com/431XOD38jT
— 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art (@ukiyoeota) December 11, 2022
パロディは、多くの人がその元ネタを知っていないと成立しません。つまり中国の文化が庶民のあいだにある程度浸透していて、中国の歴史や文学を知っていることが粋であると考えられていた、ということになります。こうした江戸時代の中国文化の浸透は、当時のさまざまな資料を通じて知ることができますが、その浸透を最もファッショナブルに推進したのが浮世絵だったと言って良いでしょう。
太田記念美術館の「浮世絵と中国」展に展示された作品たちは、江戸の庶民が抱いた海外への憧れ、悠久の歴史へのロマンを、私たちにも分かりやすいかたちで伝えてくれます。現代の国際社会において、こうした文化の交流の歴史を紐解くことが、互いの文化への敬意と理解の小さな一歩につながっていくのではないでしょうか。
会 期:2022年1月5日(木)〜1月29日(日)
時 間:10:30〜17:30(入館は閉館30分前まで)
休館日:1月10日(火)、16日(月)、23日(月)
会 場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
観覧料:一般 800円/大高生 600円/中学生以下 無料
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
文・撮影 松崎未來(ライター)
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