"The Great Wave" 迫真の大波が生まれるまで
世界で最も有名な浮世絵師・葛飾北斎の最高傑作と名高い「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」。海外では"The Great Wave"という名で親しまれているこの作品の誕生には、北斎の生涯をかけた努力と鍛錬が隠されていました。本記事では、時代や国境を超えて愛され続ける迫真の大波の誕生秘話に迫ります。
北斎が生涯挑み続けた「波」
北斎は、まさに、森羅万象を描くことに生涯通して挑戦し続けた絵師と言えるでしょう。水の流れや風など、目に見えなくともこの世に存在するもの、さらには想像上のものなど、ありとあらゆる対象物を描き人々を魅了してきました。
そんな北斎が、特に生涯こだわりを持って挑み続けたのが「波」の表現。北斎は生涯で幾度も波を描き、変幻自在の水の動きを捉えるために試行錯誤を繰り返しています。
海を題材とした浮世絵作品の数々に加え、北斎が50代半頃に制作した有名な絵手本『北斎漫画』などでも、波を取り上げています。また、「富嶽三十六景」を刊行した後、70代後半に刊行した『富嶽百景』でも波の様々な表情を描いており、生涯を通して「波」への強い探求心を持っていたことがうかがえます。
構想に四半世紀!「神奈川沖浪裏」の原型は洋風の浮世絵?
北斎の傑作「神奈川沖浪裏」は70代前半に描いた作品ですが、その原型と言われているのが、北斎45歳頃に描いた「おしをくり はとう つうせんのづ」です。
当時北斎は西洋画の技法を学んでいたと言われ、その影響が強くみられる作品となっています。
原型と言われるだけあり、似ている部分も多くありますが、その波の描き出し方は全く違っています。「おしをくり はとう つうせんのづ」と比べると、「神奈川沖浪裏」では波のせり上がり方や水しぶき、波頭の形状や陰影のつけ方など、迫力とリアリティが増しています。
初期作「おしをくり はとう つうせんのづ」からの進化
作品の波頭部分に注目してみましょう。「おしをくり はとう つうせんのづ」では丸みの目立つ波頭ですが、「神奈川沖浪裏」では鋭く鍵爪のような形で表されているのがわかります。波のしぶきが勢いよく飛び散るさまが写実性を持って表現されているのです。
今度は構図に注目してみましょう。やや上から俯瞰の視点を取り、見下ろしているような画角で描かれた「おしをくり はとう つうせんのづ」に比べ、「神奈川沖浪裏」は真横からの視点で描かれています。
視点を低く持ってくることによって、今にも飲み込まれそうな小舟、静かに聳える富士山の存在感とが合わさり、見る者に大波が勢いよく迫ってくる感覚を与えます。
北斎が生涯をかけ、よりリアルで魅力的な波の表現と演出を追求してきた集大成として誕生したのが、不朽の名作「神奈川沖浪裏」だったのです。
文・「北斎今昔」編集部
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