2020年の北斎イヤーをグローバルに盛り上げる『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』

2020年の北斎イヤーをグローバルに盛り上げる『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』

2020年は、葛飾北斎生誕260周年という記念すべき年。そんな北斎イヤーに、北斎入門書の決定版ともいうべき一冊が誕生しました。その名も『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』。日本文化に関する教養を深めることができるのはもちろん、海外の人とのコミュニケーションツールにもなるアートファン必携の書籍です。

北斎のすべてがここにある

『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』の著者は、浮世絵専門美術館、太田記念美術館(東京・原宿)の主席学芸員を務める日野原健司さん。これまで数々の浮世絵の展覧会を企画し、関連書籍の執筆・監修も手掛け、浮世絵研究の第一線で活躍されています。最近では日野原さんが中心となって運用している同館のSNSが、NHKのニュースで取り上げられるほどの話題に。浮世絵ファンの中には、講演会などでお話を聞いたことがある方もいるかもしれません。

日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 書影

そして『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』の出版社は、質の高い美術書の刊行で定評のある東京美術。一人の芸術家の作品と人生を追う「もっと知りたい」シリーズにお世話になった美術ファンも多いのでは。(「もっと知りたい」というコピー、何やら聞き覚えが……。)同社はこれまで、豊富な図版と手ごろなサイズ、そして良心的な価格設定のソフトカバーの美術書を数多く出版し、多くの人をアートの世界へ誘ってくれました。

『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』もまた、そうした浮世絵ビギナーに優しい一冊。ただし「入門書」という言葉で括ることに抵抗感を覚えてしまうほど、北斎という天才を多角的に紹介しています。

『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』の構成は以下の通り。
第1章 北斎の画業
第2章 北斎の人物像
第3章 北斎と人
第4章 北斎と旅

日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 目次

第1章は「北斎は何を描いたか」、第2章は「北斎とはどんな人だったのか」、第3章は「北斎はどんな時代に(どんな人々と)生きたのか」、第4章は「北斎はどんな場所を訪れたのか」を紹介しています。北斎ファンが知りたいことは、この4章でほぼ網羅されていると言えるでしょう。

しかも、各章が2〜4ページ単位のトピックスで構成されているので、読みたい箇所から拾い読みすることも可能です。文体は平易でありながら、北斎の画業が非常にシステマティックにまとめられていて、コアな浮世絵ファンをも満足させる内容です。

世界中の北斎に出会える

前段の通り、入門書として申し分のない情報量に加え、B5版・約130ページの中に、これでもかというほど作品のカラー図版が掲載されているのも浮世絵ファンには嬉しい点です。もちろん、我らが天才・北斎ですから、掲載図版の多くは「あ、これ見たことある」という有名な作品なのですが、おそらく多くの読者が「え、こんな作品まで描いていたんだ」という新たな北斎の一面を垣間見ることになるのではないでしょうか。

北斎が「生涯追い続けたテーマ 波」。各ページのデザインにもこだわりが。
日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 第1章「北斎の画業」より

そして掲載している北斎作品は、日本国内のコレクションはもちろん、大英博物館、ボストン美術館、メトロポリタン美術館といった海外の名だたる美術館の所蔵品も含まれています。こんなにも多くの作品が、世界各国で大切に保存管理され、賞玩されてきたのかということにも驚きます。

19世紀、まだごく一部の人しか海外へ行くことできず、情報の伝達手段も限られた時代に、いち早く海を渡った日本の浮世絵が世界各国で果たした役割の大きさを改めて実感します。そしてその代表格は間違いなく北斎でした。本書に掲載されている北斎作品の所在に注目することで、今日の北斎の世界的評価の輪郭をなぞることもできるでしょう。

図版は、北斎研究を牽引してきた故・永田生慈氏のコレクションやメトロポリタン美術館のコレクションから。
日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 第1章「北斎の画業」より

北斎は永遠の日本文化大使

そして、世界中の北斎の名品によって編み上げられた「英訳付」の本書は、海外志向の浮世絵ファンと、日本文化に興味を持つ海外の読者にとって、最高のコミュニケーションツールとなり得ます。本書では、本文のテキストだけでなく、作品図版に付された情報、そして各作品の解説までが、しっかり英訳されています。日々さまざまな浮世絵関連書に触れている「北斎今昔」編集部のスタッフも、ここまで完璧に日英併記された日本の美術書にお目にかかる機会は、なかなかありません。

図版キャプションはもちろん、図式や地図まで完全英訳。
日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 第2章「北斎の人物像」より

日本の読者は、本書を読むことで、日本を代表する浮世絵文化の知識と、それを表現する英語力とを身につけることができます。たとえば、私たちがふだん「赤富士」と呼んでいる北斎の作品、正式名称は「凱風快晴(がいふうかいせい)」です。では、この作品名、英語でどう表現したら良いでしょうか? え、凱風の英語って……? 気になった方はぜひ本書をお手に取ってみてください。

そして海外の読者にとっても、本書は、浮世絵や北斎について知ることのできる絶好のテキストとなるでしょう。さすが浮世絵の多色摺の技術を生み出した国だけあって、日本の美術書の印刷クオリティは本当に素晴らしいので、日本文化が好きな海外のお友達に本書を贈ったら、きっと喜ばれること間違いなしです。

浮世絵が商品として量産され流通した背景なども抑えられる。
日野原健司『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』東京美術 2020年 第3章「北斎と人」より

『ようこそ北斎の世界へ<英訳付>』は、今は直接会うことのできない相手とも「いつか一緒にメトロポリタン美術館に、北斎の作品を見に行こう」「今度、東京に来たら、原宿の太田記念美術館に行ってみようね」そんな会話を生み出してくれる書籍です。今はじっくり自国の文化への理解を深めて、しばしの辛抱。北斎の作品にみなぎるエネルギーとユーモアが、きっと皆さんを元気にしてくれます。

そして北斎イヤーのこの一年、英語の勉強もいかがでしょうか。新たなチャレンジに遅いということはありません。だって、北斎が代表作の「冨嶽三十六景」を描いたのは、70歳を過ぎてからだったんですから。

書籍情報

[書籍名]ようこそ北斎の世界へ<英訳付>
[著 者]日野原健司
[出版社]東京美術
[価 格]2,300円(税別)
[ISBN]978-4-8087-1151-1
[購入方法]全国の書店、Amazon(アマゾン)楽天ブックス、ほか

著者プロフィール
日野原健司(ひのはら・けんじ)1974年千葉県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科前期博士課程修了。太田記念美術館主席学芸員、慶應義塾大学非常勤講師。江戸から明治にかけての浮世絵史、ならびに出版文化史を研究。太田記念美術館にて、「北斎と暁斎-奇想の漫画」「北斎漫画-森羅万象のスケッチ」「葛飾北斎 冨嶽三十六景-奇想のカラクリ」「没後170年記念 北斎-富士への道」などの展覧会を担当。著書に『ようこそ浮世絵の世界へ 英訳付』(東京美術、2015年)『かわいい浮世絵』(東京美術、2016年)『北斎 富嶽三十六景』(岩波文庫、2019年)など多数。

文・「北斎今昔」編集部