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feebeeの浮世絵シリーズ「寿という獣」 来年の干支を描いた新作が六本木の個展会場で
工筆画や日本画の技法をベースに、現代的な解釈を加えた神獣や霊獣の姿を描くアーティスト、feebee。繊細な筆致から生み出される幽玄な画面で多くの人を魅了する一方、2016年以降は、伝統木版画の技術を継承するアダチ版画研究所の職人たちとコラボレーションしたヴィヴィットな「浮世絵」の制作にも取り組んでいます。そしてこのたび十二支をテーマにした木版画シリーズ「寿という獣」の新作「丑」を発表。2020年12月11日から六本木ヒルズで始まった個展の会場で展示しています。
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アーティスト・feebeeが取り組む浮世絵版画シリーズ「寿という獣」
今なお日本文化の代表格として、世界中で愛されている浮世絵。江戸時代、北斎や広重の作品を広く世界に送り出した木版画の技術は、現在まで途絶えることなく、職人の手から手へと受け継がれてきました。いま若い世代の職人たちは、ライフスタイルの多様化する中で、現代における木版画のあり方を模索しながら、次代への技術継承に努めています。
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アーティストのfeebeeさんは、アダチ版画研究所の若い彫師・摺師と共に、絵師として現代における新たな「浮世絵」の制作に取り組んでいる一人です。これまでにfeebeeさんが描いた下絵をもとに「寿という獣」と題した木版画が3点制作されました。
「寿という獣」は、十二支の動物たちの体のパーツを集めて、ひとつの生物にした合成獣(キメラ)をモチーフにしています。神獣や霊獣の姿を描くfeebeeさんの本領がいかんなく発揮されているモチーフですが、そのルーツは、実は江戸時代の浮世絵にあるんです。
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モチーフも制作の技法も、江戸時代の浮世絵に由来する、feebeeさんの「寿という獣」シリーズ。本稿では、feebeeさんの発想の原点となった浮世絵作品を紹介しながら、私たちから見た現代アートとしての「浮世絵」のアプローチやfeebeeさんの制作テーマに迫ってみたいと思います。
江戸時代の合成獣 バケモノから神獣へ
feebeeさんが着想を得た浮世絵、遠浪斎重光(生没年不詳)の「壽(ことぶき)と云ふ獣(けだもの)」がこちらです。ネズミの顔にウサギの耳、頭にちょこんとニワトリのトサカを載せ、ヒツジ(ヤギ)の髭も生えています。つぶらな瞳がなんとも可愛いですね。
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画中には「是を祭る人ハ悪事をまぬか(免)れ幸を得つべし」と書かれており、護符のような意味合いを持たせた浮世絵だったことがわかります。
この「壽と云ふ獣」のおそらく元ネタと思われるのが、重光の作品よりも半世紀ほど前に出版された山東京伝(1761-1816)の「欲といふ獣」です。墨一色の木版画で、びっしり並んだ文字の中に、不細工な四つ足の生き物が描かれています。(※下記のブラウザに画像が表示されていない場合はこちらのページで画像をご覧ください。)
画中には「貧乏の国からいけどった(生け捕った)」と書かれており、耳は鍵束、鼻は巾着(財布)といった具合に、強欲のイメージを組み合わせて、一匹の獣に仕立てています。米価の高騰により各地で一揆や打ち壊しが起きていた時期の、いわゆる社会風刺画です。
のちにこの作品は、歌川国芳(1798-1861)によるリメイク版が出たりもするのですが、重光は、この合成獣を「壽」というポジティブな方向へ大胆にアレンジすることになります。挿絵だった京伝のモノクロの獣を、重光は鑑賞向けの多色摺の一枚絵として成立させました。
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遠浪斎重光 「壽と云ふ獣」(部分図) 嘉永年間(1848~54)頃 個人蔵
特定の概念を表すための合成獣の創作は、江戸時代の文化の中でしばしば見受けられますが、その多くは「欲といふ獣」のような奇々怪々のバケモノ型であって、人々に幸をもたらすという「壽と云ふ獣」は、なかなか実験的です。
「壽と云ふ獣」の具体的な制作年は特定されていませんが、幕末に向け不安な社会情勢が続く時代。先行作例とは真逆に振り切り、12年という円環の時間を司る動物たちを合成し「壽」と名付けた絵師の心の中にあったのは、おそらく平穏な日々への祈りだったのではないでしょうか。
同一テーマを繰り返し描く中で、常に時代の変化を取り入れてゆく
feebeeさんはこれまでに、狛犬や白沢(はくたく)、件(くだん)といった、日本を含むアジア地域に古くから伝わっている神獣・霊獣を作品の中に描いてきました。
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feebeeさんの描くそれらは、さまざまな動植物のイメージが混じり合っています。その姿は、SF映画やゲームの世界のさまざまな造形表現に触れている現代の私たちの目にも新鮮でありながら、古色蒼然たる社寺の彫刻や奉納額の中にかつて見た記憶の像を揺さぶるような、ミステリアスな空気をもまとっています。
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feebeeさんは、ご自身の作品について、自然の摂理や社会の構造などを神獣・霊獣の姿に仮託しているのだと言います。それは、目には見えないエネルギーや存在をキャラクター化してきた神話や民間伝承の手法を、現代アートの文脈上で実践しているという風にも受け取れます。
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そうした中で、feebeeさんがいち早く重光の「壽と云ふ獣」に注目していたことは非常に示唆的です。浮世絵は、多かれ少なかれ当時の世相や流行を反映しているものですが、半世紀前の風刺を再解釈し、現世へのメッセージを込めて一枚の作品とした重光。そのテーマをまた現代における「浮世絵」の中に表現しようとするfeebeeさん。歴史は少しずつ形を変えながら、繰り返されます。
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feebeeさんは、いくつかの制作テーマと並行して、2014年以来、十二支の合成獣というモチーフに向き合い続け、複数の作品を描いてきました。ひとつのテーマを繰り返し描くことで、常に時代の変化を取り込み、その都度の社会への問いかけや願いを織り交ぜながら、「寿という獣」シリーズは、伝統技術の継承を長期的に見守るプロジェクトとして続いていく予定です。
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そして鑑賞者である私たちもまた、東京五輪の開催を控えていた去年と未曾有のパンデミックの最中にいる今年とで「寿という獣」の見方は異なっていると思います。あるときはネズミの機敏さを心地よく感じ、あるときはウシの忍耐強さを尊ぶでしょう。今後のfeebeeさんの新作に、私たちは何を読み取るでしょうか。
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2020年という年を振り返りながら見る「寿という獣」
木版画シリーズ「寿という獣」の「子」と「丑」は、12月11日から六本木ヒルズA/D Galleryでスタートしたfeebeeさんの個展の会場に展示されています。個展のタイトルは「変化しつつ循環するもの」。会場でfeebeeさんにお話をうかがいました。
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feebeeさん「今回の個展は、十二支をモチーフにした作品で全体を構成しています。私が十二支の合成獣を描くきっかけを最初につくってくれたのが、江戸時代の浮世絵。その浮世絵と同じ技術で制作した木版画作品を、会場に並べることができたことは、とても嬉しく不思議なご縁を感じます。作品を描くにあたっては、さまざまな国や地域の神話や伝承を参照しつつ、その姿の中に、現代の私たちが知りうる科学的な情報や、直面している社会情勢といった要素を取り入れるよう心がけています。
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最新作では、十二支の選外となった動物たち(ネコ・カエル・イタチ)も登場します。まだ自分の中でもうまく言葉にできていないのですが、古来から繰り返されてきた時間の流れとは別に、誰も予測し得なかった事態の到来、従来のさまざまな秩序がかき乱されてしまった2020年という年の経験や感慨が反映されているように思います。2020年から2021年へ、子年から丑年へと年が移り変わる時期ならではのテーマ性を持った展示となりました。気軽にご来場を呼びかけられない昨今の状況下ではありますが、私が描いた『変化しつつ循環するもの』を、多くの方にご覧いただければと思っています。」
伝統の歴史の上に新しい表現を探り続けるfeebeeさんの作品世界、ぜひ会場でお楽しみください。
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feebee 個展情報
会 期:2020年12月11日〜2021年1月3日
時 間:12:00〜20:00 ※12/31〜1/3は19:00で閉廊
会 場:六本木ヒルズ A/Dギャラリー(東京都港区六本木6-10 六本木ヒルズウェストウォーク3F)
入場料:無料
お問合せ:03-6406-6875
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なお、本記事で紹介したfeebeeさんの木版画「寿という獣 子」「寿という獣 丑」の2作はアダチ版画研究所のオンラインストアでもお求めいただけます。
文・松崎未來(ライター)
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