生誕260年! 全国の北斎に会いに行こう! GO TO ミュージアム【Part1】
2020年は、江戸の天才浮世絵師・葛飾北斎が生まれてちょうど260年。世界中で愛され、今なお高い評価を得ている北斎、そして彼がその発展に大きく寄与した日本の浮世絵文化。今年はこれらを広く発信するイベントや展覧会が多数予定されていました。しかし、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大のために、多くの催しが中止や延期、あるいは規模縮小の憂き目に。
そこで「北斎今昔」では、ウェブ上で葛飾北斎生誕260年を盛り上げるべく、日本全国の美術館・博物館にアンケートを実施。北斎の偉業を知ることのできる各館自慢の所蔵品をご紹介いただきました! 北斎の代表作はもちろん、同時代のライバルたちの作品や資料を通じて、世紀を越えて語り継がれる北斎のレジェンドをお楽しみください。
【Part1】アンケートにご回答いただいた美術館・博物館一覧(掲載順)
・太田記念美術館「見立式三番」
・板橋区立美術館「萩の玉川図」
・奈良県立美術館「瑞亀図」
・MOA美術館「二美人図」
・静嘉堂文庫美術館「桜下遊女と禿図」
・岡田美術館「夏の朝」
・城西大学水田美術館「化粧美人図」
・光ミュージアム「日蓮」
・すみだ北斎美術館「須佐之男命厄神退治之図」推定復元図
・名古屋市博物館「北斎大画即書引」
・熊本県立美術館「鍾馗図」
・佐野美術館「着衣鬼図」
・北斎館「富士越龍」
そして、日本が世界に誇る浮世絵文化を守り続けている全国の美術館・博物館に、ぜひ足を運んでみてください。(作品・資料紹介のあとに、所蔵館のウェブサイトへのリンクがあります。なお、掲載作品の画像の無断使用・転載は固くお断りいたします。)
※ 本企画は2つの記事に分かれています。【Part2】の記事はこちら
ほれぼれする北斎の筆さばき「見立式三番」
浮世絵専門美術館・太田記念美術館(東京・原宿)のイチ推し!
From:太田記念美術館
「葛飾北斎が、40代前半という脂が乗った時期に制作した、肉筆の美人画です。能楽の演目である式三番の見立てとなっており、侍烏帽子を持つ右の女性が千歳(せんざい)、翁の文字の入った扇を持つ中央の女性が翁、鈴を持つ左の女性が三番叟を、それぞれ暗示しています。
じっくり鑑賞していただきたい一番のポイントが、勢いのある伸びやかな線。短時間で描いたであろう、迷いのない筆さばきは、見ているだけで気持ちよく感じられます。写真でも伝わるかもしれませんが、実物を目にしていただければ、北斎の腕前がいかに優れているかが直観的に理解できる、美人画の傑作です!」
北斎の圧倒的な筆の力を知ることができる肉筆画。この作品をご紹介くださったのは、太田記念美術館・主席学芸員の日野原健司さん。「北斎が亡くなった年に制作された『雨中の虎』と迷いましたが……」とのこと。日本屈指の浮世絵コレクションを誇る同館ならではの贅沢なお悩みです!(北斎最晩年の傑作「雨中の虎」については、北斎今昔のこちらの記事をどうぞ。)
なお、同館で開催中の「江戸の土木」展(2020年10月10日~11月8日)では、「冨嶽三十六景」を含む葛飾北斎の錦絵が8点展示されています。同館運用のnote(ブログ)には、展覧会の内容紹介や所蔵作品の解説などの記事が連載されていて、展覧会の予/復習におすすめです。
過ぎゆく夏を想う「萩の玉川図」
板橋区立美術館(東京・板橋)の江戸絵画コレクションの逸品
From:板橋区立美術館
「かつて北斎の『六玉川』六枚を貼っていた六曲一隻の押絵貼屏風がありました。この作品はそのうちの一図で、現在は六図のうちの五図が確認されています。六玉川とは、和歌の歌枕として知られた全国六カ所にある名所の玉川です。萩の玉川は滋賀県草津市の南部にあり、源俊頼の『明日もこむ野路の玉川萩こえて色なる波に月やどりけり』の歌意に基づいて絵画化されてきました。
淡い色彩で、玉川に架かる木橋と咲き乱れる萩が描かれています。現在知られる他の四図には人物や千鳥などの生き物が描き込まれています。しかし、本作には一切生き物がいません。感情移入を誘う生き物をあえて描かないことによって、鑑賞者自身が歌枕の名所に立ち、詩情をかき立てられる構図となっています。また、見る人によっては、他の四図に描かれたような人物たちを想像して作品のイメージを膨らましていたのかもしれません。」
狩野派、南画派、琳派、そして浮世絵まで、幅広く江戸時代の絵画を収蔵する板橋区立美術館。今回ご紹介いただいたのは、強烈なインパクトで知られる北斎のイメージを、良い意味で裏切ってくれる瑞々しい肉筆画。量産品である版画のコマーシャリズムと一定の距離を置いたところでは、こんな叙情的な作品も描いていたんですね。
白い萩の花だけが知る、ひと夏のロマンスが、かつて北斎にも……? 同館の江戸絵画コレクションで、同時代の他の流派の絵師たちの作品と比較してみると、北斎の仕事が「浮世絵」という領域に留まらないものであることがよくわかります。
井戸から亀!? これはめでたい!「瑞亀図」
奈良県立美術館(奈良・奈良)が所蔵する北斎の若描き
From:奈良県立美術館
「ある庭先の奇跡を表した図で、井戸から清水が滾々と溢れ出し、尾毛の長い瑞亀が現れる様子です。邸の主人は現れた亀を抱え上げ、奥方の老婦人が杯を使って亀に酒を飲ませています。傍らでは若い男がその様子を祝います。ここに描かれた亀、酒、老夫婦は間違いなく長寿を祝う・願う図様でしょう。
本図は『北斎宗理画』の落款があり、寛政12年没の書家稲葉華渓の賛が付けられる、北斎の早い時期の肉筆画と考えられます。溢れ出る水と瑞亀の尾毛は丁寧で流暢な線描で、老夫婦は彩色の濃淡による陰影で『写実的』に表されます。また画面全体には金砂子が散らされており、いわゆる『宗理時代』の他の肉筆画とは雰囲気を異にします。北斎の画業の幅を感じられる作品と言えるのではないでしょうか。」
希少な写楽作品も含む奈良県立美術館の浮世絵コレクション。その中から今回は30代の北斎が描いた肉筆画をご紹介いただきました。井戸から泉がわき、亀が出現するという一風変わった、けれど大変おめでたい雰囲気の画題です。北斎の画業を振り返ると、彼の仕事を大きく支えたのが文芸分野で活躍する人々との交友。もしかしたら、この作品も誰かのお祝いにあたって描かれたのかも知れませんね。
奈良県立美術館では来年1月から「広重の名所江戸百景」(2021年1月16日~3月14日)を開催予定。同館が所蔵する歌川広重「名所江戸百景」を展示します。北斎と並んで浮世絵風景画の名手とされた広重の晩年の名作、ぜひこの機会にお楽しみください。
流麗なる描線が生む品格「二美人図」
熱海の海を一望できるMOA美術館(静岡・熱海)の珠玉の肉筆画
From:MOA美術館
「葛飾北斎は、『北斎漫画』や『冨嶽三十六景』などの版本・版画の大作で知られますが、肉筆の優作も数多く残しています。北斎は、安永7(1778)年、数え年19歳で肉筆画の名手勝川春章(しゅんしょう)の門に入り、浮世絵を学ぶ一方、狩野派・琳派・住吉派などの画法を学びました。本図は、北斎の美人画の中でも、人物の細面で柔和な表情と流暢で無駄のない描線、落ち着いた色彩などから見て、北斎画歴前半期の代表的な美人画ということができるでしょう。
立姿の花魁(おいらん)に坐姿の女芸者を配した構図がよく、顔の表情や衣裳文様に北斎一流の手腕が見られます。落款および『亀毛蛇足』の朱文長方印より推定して、寛政年間末(1789~1801)から文化年間初めの頃、北斎四十歳代の作品と見られます。」
重要文化財にも指定されているこちらの作品をご紹介くださったのは、MOA美術館・学芸部長の矢代勝也さん。矢代さんの「柔和」「流暢」といった言葉にも表われていますが、思わずこちらが居住まいを正したくなる上品な美人画です。MOA美術館のコレクションの基盤を築いた美術館の創立者・岡田茂吉の品性を感じますね。寛政といえば、歌麿や写楽が活躍した時代であり、この頃、浮世絵版画においては大衆化が加速し、描かれた人物の「生活感」や「リアリティ」が求められるようになってきていました。北斎は、そうした時代の潮流とうまくバランスを取りながら、このように優美で上品な肉筆画を描いていたのでは。
現在、MOA美術館では「北斎 冨嶽三十六景」(2020年10月1日〜11月10日)を開催中。北斎の代表作「冨嶽三十六景」全46図を一挙公開しています。今回ご紹介いただいた肉筆画とは、ある意味で好対照の晩年の浮世絵版画、この機会にぜひ総覧ください。
ひと枝の桜と交錯する視線が生み出す空間のマジック「桜下遊女と禿図」
三菱・岩﨑家二代が築いた静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷)の優品
From:静嘉堂文庫美術館
「宗理型美人を脱し、独自の美人画様式を確立した充実した時期の作。縦長の画面を生かし、上部に桜の花、下部に、禿、遊女、禿と3人を重ねるように配置し、3人の顔の向きを、真横、斜め、真正面とすることで、画面に空間を与える絶妙な画面構成。北斎ならではの機知に富んだ描写に、この時期ならではの優美さを供えた優品です。」
西洋の遠近法を学習していたと言われる北斎。ただ西洋絵画を真似るだけでなく、こうした作品の中で、独自の合理的な構図のメソッドを編み出していったのではないでしょうか。三人の頭上の満開の桜や、周囲の花見の賑わいといった、画面の外に広がる空間を想像させます。
本作は「江戸のエナジー 風俗画と浮世絵」(2020年12月19日〜2021年2月7日)にて展示予定。明治末期に、海外をも視野に入れて刊行された豪華画集『浮世絵派画集』(審美書院)に掲載されて以来、長らく秘蔵されてきた三菱第二代社長・岩﨑彌之助コレクションの肉筆浮世絵の名品が多数出品。当初、本年4〜5月に開催が予定されていた同展。新型コロナウィルス感染拡大防止のための休館により一度延期になり、このたび浮世絵ファン待望の再開となりました!
なお、静嘉堂文庫美術館は2022年に展示施設を東京丸の内に移転予定。世田谷の小さな丘の上の美術館で作品を見られる期間も、あと一年余りとなります。敷地内の明治・大正の洋風建築や武蔵野の面影を残す庭園も、ぜひこの機会にお楽しみください。
確かな観察力と描画力「化粧美人図」
城西大学水田美術館(埼玉・坂戸)、アラフィフ北斎の貴重な作例
From:城西大学水田美術館
「襟や裾、帯の縮れたような輪郭線は、画業の半ば以降顕著になる北斎独特の表現。顔にも注目してみると、瓜実顔で細目、なで肩、細身のいわゆる寛政後期に生み出された『宗理型美人』から脱し、晩年に見られる、より面長で切れ長の目の鋭角的な美人像へと続く過渡的な画風の作品です。」
この作品を描いたとき、北斎は50歳前後。読本挿絵の仕事で知名度は上がっていたものの、『北斎漫画』や「冨嶽三十六景」といった代表作を描く前の時代ですので、「過渡期」と説明いただいた通り、人によっては「北斎っぽくない」と感じるかもしれません。けれど、手鏡を持ち、片膝を立てて化粧する女性が、ふと振り返る状況の的確なデッサン力は、やはり北斎、とうならざるを得ません。
女性の髪や周囲の調度品などの繊細なディテールは、日常的な観察習慣の賜物でしょう。そしてまた衝立に掛けられた帯には、この10年ほど後に発表する『新形小紋帳』に掲載される「北斎模様」がすでに描かれているのも非常に興味深いです。画面の隅々まで神経が行き渡っており、ぜひ実物を拝見したい作品。水田美術館では、この作品のほかに、北斎70代の版画作品2点を所蔵しています。
なお城西大学水田美術館は、現在休館中。2021年1月より開館を予定していますが、ホームページ上で期間限定の「オンライン美術館」を開設しており、過去の展覧会の出品作が解説付きの大きな画像でご覧いただけます。特に編集部のオススメは、実際に切り貼りして組み立てられる江戸のペーパークラフト「組上絵」の紹介コーナー。今後の展覧会の情報については、同館のホームページやtwitterアカウントなどでチェックを。北斎の化粧美人にもいずれ会える機会が来ると良いですね!
文芸的な、余りに文芸的な「夏の朝」
岡田美術館(神奈川・箱根)が誇る、北斎の肉筆美人画絶頂期の傑作
From:岡田美術館
「北斎が『葛飾北斎』と名乗った40歳代半ばから50歳代初めは、肉筆美人画の絶頂期と評価されるほど、質の高い作品が生み出された時期でした。岡田美術館が収蔵する『夏の朝』もその一つで、古くから名品として広く知られてきた作品です。
絵の女性は、おそらく一般家庭の若妻でしょう。流れるような曲線によって表された後ろ姿が美しく、露わになった二の腕や、裾からのぞく素足など、画面にはほのかな色香が漂うようです。手鏡に顔を映し出すという趣向も洒落ていますね。足元にはうがい茶碗に摘み取ったばかりの朝顔の花が活けられ、そばには房楊枝(現代の歯ブラシ)と歯磨き粉の袋が置かれるなど、季節(夏)と時間(朝)が巧みに演出されています。釣り衣桁に掛けられた縞模様の着物が男物であるとすれば、夫が起きてくる前に一生懸命身なりを整える、いじらしい女心も読み取れそうです。質感が分かるほど丁寧に描かれた着物や帯にもご注目ください。」
画面に描かれた様々なモチーフから、この女性がどのような状況にあるかを丁寧に解説してくださった岡田美術館の学芸員・稲墻朋子さん。北斎の細やかな演出によって浮かび上がる若妻の朝の身支度は、まるで小説の一場面のようです。今夏開催の「北斎の肉筆画」展に出品された作品。作品の画像は、同館ウェブサイトでご覧ください。同館では他にも、喜多川歌麿の「雪月花」三部作の一つである「深川の雪」など、浮世絵肉筆画の名品を収蔵しています。
なお同館では現在「没後220年 画遊人・若冲 ―光琳・応挙・蕭白とともに―」(2020年10月4日~2021年3月28日)を開催中。北斎より半世紀ほど早く、京都で活躍した絵師・伊藤若冲の没後220年を記念し、岡田美術館に収蔵される若冲の作品全7件を一堂に展示します。初期から晩年までの着色画4件・水墨画3件がそろって展示されるのは、実に4年ぶり。光琳、応挙、蕭白らの作品と併せ、江戸時代の多彩な絵画をお楽しみいただけます。
北斎の信仰を知る「日蓮」
光ミュージアム(岐阜・高山)が見せる一流絵師の証
From:光ミュージアム
「画面右上、『南無妙法蓮華経』の『法』以外の6字の端を長く伸ばした『髭題目』より、描かれた僧が日蓮宗(法華宗)の開祖・日蓮であることがわかります。北斎自身も日蓮宗の信者で、門下の露木為一(?~1893)が描いた「北斎仮宅之図」(国立国会図書館蔵)には、柱に打ち付けられた蜜柑箱の中に日蓮の像が祀られています。
北斎の日蓮に関連する作例はあまり知られていませんが、弘化4年(1847)作とされる『七面大明神応現図』(紙本着色一幅 茨城県古河市・妙光寺蔵)は、本図と同じ座して法華経を読誦する日蓮を正面より描いた作品です。」
北斎は博識で、さまざまな宗教や思想に触れていたようですが、とりわけ北極星(北斗七星)を神格化した北辰妙見菩薩(ほくしんみょうけんぼさつ)を信仰していたと考えられています。「北斎」や「辰政」といった画号(絵師としての名前)からも、そのことがうかがえるでしょう。この北辰妙見信仰と深い関わりを持っているのが日蓮宗。ご紹介いただいた所蔵品は、北斎の信仰を知る上で非常に重要な作品です。
北斎の肉筆画は、神社仏閣に奉納されたケースも多々あり、当時一流の絵師としてフォーマルな作品の制作もこなしていたことがうかがわれます。光ミュージアムの所蔵品の格調高い画面を見れば、それも納得。現在、こちらの日蓮上人は、大分市美術館で開催中の「光ミュージアム所蔵 美を競う 肉筆浮世絵の世界」展(2020年10月2日〜11月23日)に出張中。また高山の光ミュージアムでは「広重 名所江戸百景 ~災害からの復興を伝えるメッセージを読み解く~」(2020年9月12日〜12月16日)を開催中です。
色鮮やかによみがえった大迫力の大絵馬「須佐之男命厄神退治之図」
北斎ゆかりの地に建つすみだ北斎美術館(東京・両国)の看板作品
From:すみだ北斎美術館
「すみだで生まれ、およそ90年の生涯のほとんどを墨田区内で過ごした葛飾北斎。『須佐之男命厄神退治之図』は、弘化2(1845)年、北斎が数え86歳の時に牛嶋神社(東京都墨田区)に奉納するために描いた肉筆画大絵馬でしたが、残念ながら関東大震災で焼失してしまいました。当館では2016年の美術館開館にあわせ、明治43年(1910)に発行された美術雑誌『國華』に掲載された白黒写真を元に、撮影当時の色彩と状態を原寸大で推定復元し常設展示しています。
本作は、縦4尺2寸横9尺2寸(約126×276cm)という北斎晩年最大級の傑作で、須佐之男命の前に様々な厄神がひざまずき、今後悪さをしないように証文を取られているところが描かれています。この作品が当時の色合いに可能な限り近い形で復元されたことは、かつて人々がこの作品から受けた印象や感動を現代の私たちが体験できるものであり、墨田区と北斎のつながりをしめす貴重な資料として地域学習や歴史教育にも活用しています。」
北斎ゆかりの地に建つ、すみだ北斎美術館。その4Fには、いつ行っても北斎の画業をたどることのできる常設展示のスペースがあります。その入り口の頭上に掲げられているのが、こちらの「須佐之男命厄神退治之図」の推定復元図。復元と言えど、北斎のパワフルな筆の力に圧倒されること間違いありません。企画展にお越しの際は、4FのAURORA(常設展示室)にお立ち寄りになるのをどうぞお忘れなく。
すみだ北斎美術館では現在「新収蔵品展 ― 学芸員が選んだおすすめ50 ―」(2020年9月15日〜11月8日)を開催中。後期展示では北斎の「冨嶽三十六景」の名品「赤富士」「黒富士」が展示されます。また次回展「GIGA・MANGA 江戸戯画から近代漫画へ」(2020年11月25日〜2021年1月24日)は、江戸時代の浮世絵から、明治以降の漫画まで、漫画表現の発展・変遷をたどります。こちらも、どうぞお楽しみに。
北斎のライブペインティング宣伝用ポスター「北斎大画即書引札」
北斎ゆかりの地にある名古屋市博物館(愛知・名古屋)のユニークな資料
From:名古屋市美術館
「北斎が大だるまを描くイベントを、名古屋で開催したときの宣伝ポスターです。文化14年(1817)10月5日、名古屋の西掛所(現本願寺名古屋別院)にて、北斎は120畳敷(縦約18メートル、横約11メートル)の紙に、だるまの半身像を即興で描きました。このとき、58歳。米俵5俵分もの大きな藁筆を操る体力と気力には驚くばかりです。
ありがたいことに、このイベントの顛末は尾張藩士の高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)が『北斎大画即書細図』(名古屋市博物館蔵)という本に記録してくれています。それをみると、名古屋の弟子たちや版元らが準備を重ねたこと、事前にこのポスターが書店に貼りだされていたこと、ポスターが1枚12文で販売もされていたことなどが分かります。イベントが大盛況に終わったあとも、名古屋の人々は北斎のことを『達磨先生』略して『だるせん』と称賛したそうです。北斎の地方での活躍、そしてその人気ぶりを伝える一枚です。」
北斎のイベント、さらにそのプロモーション活動を知ることのできる貴重な資料をご紹介くださったのは、名古屋市博物館・学芸員の津田卓子さん。北斎は少なくとも50代のときに2度、名古屋を訪れていて、名古屋滞在中に描いた作品から生まれたのが、あの『北斎漫画』なんだそうです。2017年に開催した企画展「北斎だるせん!」(2017年11月18日~12月17日)では、名古屋における北斎の活躍と人気を紹介し、会期中に、この北斎の大だるまを再現するイベントも行われました。
現在、名古屋市博物館では「特別展 模様を着る」(2020年10月10日〜12月6日)が開催中。
病魔退散の願いを込めて、凛々しい「鍾馗図」
熊本県立美術館(熊本・熊本)今西コレクションの矜恃
From:熊本県立美術館
「鍾馗は、中国の唐の皇帝・玄宗(げんそう)がマラリアにかかった際に、夢の中に登場して鬼を退治したら、目が覚めたときに玄宗の病気が治ったという伝説上の神で、玄宗が絵師・呉道玄(ごどうげん)に命じてその姿を描かせたと伝えられます。日本でも、魔よけや厄除けの神として、絵画などに描かれてきました。
本図の、長髭をなびかせた鍾馗は、眼光するどく、抜身の剣を後に引き、左足を半歩踏み出しています。するどい筆線とプロポーション、剣や衣も含めた画面の絶妙なバランスは北斎ならではです。北斎67歳頃の作品です。」
五月の節句の幟などで知られる鍾馗さん。おそらく今年は休む間もなく、鬼と戦い続けているのではないでしょうか。北斎が描いた力強い鍾馗図の中でも、端正な風格を備えた熊本県立美術館の「鍾馗図」。北斎の筆が、老境に入ってますます冴えていったことが、本作からうかがえます。この北斎の「鍾馗図」を含む熊本県立美術館の「今西コレクション」は、NHK熊本放送局の職員であった今西菊松氏が生涯をかけて蒐集した美術品群。特に肉筆浮世絵の数々は高い評価を得ています。
なお、熊本県立美術館では、細川家ゆかりの作品を紹介する「歴史をこえて 細川家の名宝」展(2020年9月18日〜11月8日)、「新発見!大名・細川家の日々のお道具」(2020年10月3日〜12月13日)を開催中。また11月14日からの企画展「よみがえった名宝―修復された細川コレクション」では、「永青文庫常設展示振興基金」による美術品の修復活動の成果を展示するとともに、熊本地震によって被災し、修復が完了した作品も併せて展示します。
鬼のお坊さんが手酌で一杯?「着衣鬼図」
刀剣のコレクションで有名な佐野美術館(静岡・三島)、実は北斎も
From:佐野美術館
「なぜ、僧の衣を着た鬼がさしみを盛った伊万里の皿と酒徳利を前に物思いにふける様子で描かれているのか、謎めいた作。 款記より北斎の亡くなる前年の6月8日に描かれ、酒田(山形県)本間家の一族で北斎の弟子、本間北曜に描き与えられた絵とわかります。北曜の日記に本作の制作日の記述があり、その文中、「今日卍翁訪認物を貰帰宅」の「認物」が本作を指す、といわれています。」
北斎の肉筆の中でも、制作年や由来がはっきりとわかる貴重な事例ですが、描かれている画題そのものはまったくの謎。大皿のお刺身に、箸は一膳だけ。杯は見当たらず、徳利の横には数珠が。鬼の顔が赤いのは酔っ払っているから? 弟子の北曜は、師匠のこの絵から何を読み取ったのでしょうか。ちなみに北斎本人は、下戸だったと伝えられています。
この不思議な作品に出会えるのは、静岡の実業家・佐野隆一氏(1889-1977)が蒐集した約2500件の日本・東洋の美術品を収蔵する佐野美術館。次回展「はじまりのはなし―佐野美術館の名刀コレクションを中心に―」(2020年10月31日~12月20日)にて、公開されます。名刀の数々と北斎の謎めいた肉筆画を楽しめる、またとないチャンスです。
画狂老人が目指す、さらなる高み「富士越龍」
北斎館(長野・小布施)が誇る、北斎肉筆画の最高峰
From:北斎館
「90歳という長寿を全うしながらも、絵の研鑽を積み重ねた葛飾北斎。そんな北斎最晩年の傑作が『富士越龍』です。画面中央にそびえる富士。その稜線を渦巻くように上がる黒雲には、飛翔する龍が描かれています。『嘉永二己酉年正月辰ノ日』の落款から没する年の正月試筆(書き初め)であり、北斎はこの絵に並々ならぬ想いを込めて描いたのでしょう。
江戸時代、富士信仰の隆盛などもあり多くの人が富士は日本一の山と認識していました。この作品の龍を北斎自身と考えるなら、その位置はすでに富士の上にあります。しかし龍の視線は下ではなく、更に上を目指しています。死の間際『天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし』と語ったという北斎。この作品には一見穏やかでありながらも絵を極めようとする北斎の向上的な心象が描かれていると思われます。」
北斎の肉筆画美術館として知られる信州・小布施の北斎館。北斎は80歳を過ぎてから小布施町に4度訪れたとされ、門人・髙井鴻山のもとに滞在しながら、大迫力の祭屋台の天井絵を描きました。その「東町・上町祭屋台天井絵」を所蔵する北斎館が、今回の企画に合わせて紹介くださったのは、最晩年、亡くなる3ヶ月前に描かれた渾身の作。天に向かって飛翔する龍は、まるで北斎の人生すべてを物語っているかのようです。
同館では現在「北斎生誕260年記念 北斎 視覚のマジック」(2020年9月5日~11月15日)を開催中。北斎生誕260年のこの秋、ぜひ訪れたい美術館です。名産品の栗と紅葉もぜひお楽しみください。なお、大阪のあべのハルカス美術館で開催中の巡回展「奇才−江戸絵画の冒険者たち」(2020年9月12日〜11月8日)に、所蔵品「上町祭屋台天井絵 男浪」と「東町祭屋台天井絵 龍」を貸出していますので、関西方面の方はこちらもぜひ。(※ 本図「富士越龍」と「桔梗図」の展示は前期で終了しました。)
※ 本企画は2つの記事に分かれています。【Part2】の記事はこちら
【Part2】アンケートにご回答いただいた美術館・博物館一覧(掲載順)
・島根県立美術館「冨嶽三十六景 山下白雨」
・山種美術館「冨嶽三十六景 凱風快晴」
・東京富士美術館「冨嶽三十六景 甲州三嶌越」
・東京国立博物館「くだんうしがふち」
・浦添市美術館「琉球八景 中島蕉園」
・千葉市美術館「詩哥写真鏡 李伯」
・町田市立国際版画美術館「百人一首うはかゑとき 藤原義孝」
・藤沢市藤澤浮世絵館「題名不詳(江の島風景)」
・和泉市久保惣記念美術館「春興五十三駄之内 日本橋/岡嵜」
・くもん子ども浮世絵ミュージアム「風流見立狂言 しどう方角」
・広重美術館「吉野之桜・龍田川紅葉」
・たばこと塩の博物館「富士に鳥刺し図きせる」
・東京都江戸東京博物館 <模型>「北斎の画室」
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