絵師は世界を結ぶ? 日本のポップカルチャーを発信し続ける「絵師100人展」レポート

絵師は世界を結ぶ? 日本のポップカルチャーを発信し続ける「絵師100人展」レポート

世界が注目する日本の漫画、アニメ、ゲーム。こうした日本のポップカルチャーをビジュアルの面で支えるイラストレーターや漫画家などに対して、近年「絵師」という呼称が用いられています。この「絵師」という通称は、江戸時代の浮世絵師になぞらえたものなのだとか。なぜこのような古風な名前が定着したのでしょうか? 江戸時代の浮世絵と現代のポップカルチャーの関係を探るべく、現代の絵師100人の作品を一堂に会した展覧会「絵師100人展」の会場にお邪魔しました。

日本のポップカルチャーの今を伝える「絵師100人展」

「絵師100人展」は、今年で10周年を迎える産経新聞社主催の展覧会です。「絵師」と呼ばれるクリエイター100名(厳密には100余名)が、毎回設定されるテーマをもとに、一人一点ずつ作品を出品します。毎年ゴールデンウィークの時期に東京・秋葉原のAKIBA_SQUAREで開催され、これまで地方巡回(2011年と14年にはアジアの都市も)も行われてきました。そして第10回を迎える2020年は、8月8日〜16日の9日間にわたり、総勢102名の絵師の作品がAKIBA_SQUAREの会場に展示されました。

「絵師100人展」の会場展示風景。

会場では、シンプルな額に入った100点余の作品が、スポットライトの光の下、一定の間隔で壁面に展示されています。最小限のキャプションが添えられるのみで、一点一点の作品をじっくり鑑賞できるよう配慮された展示です。作品を解説するテキストが掲示されていない代わりに、会場入り口では音声ガイドの貸し出しを行っています。

筆者が取材にうかがったのは、混雑緩和のための入場整理券の配布が終了し、待ち時間なしで入場可能になった夕刻でしたが、多くの来場者が音声ガイドを手に、前後の人との間隔に注意しながら、時間をかけて会場を巡っていました。新型コロナウィルス感染拡大防止の対策を取りつつ、展示作品を丁寧に見せることに細心の注意を払う主催者側の思いと、絵師たちと10周年の歴史を見守ってきたファンの方々の暗黙のマナーが、会場内のすみずみにまで静かに行き渡っていた印象です。

入り口で来場者を迎えてくれるのはマスコットキャラクターの百ちゃんと千ちゃん。

おそらく、デジタルで作画をしている絵師たちの作品のほとんどは、パソコンやスマートフォン、テレビやゲーム機の液晶画面、あるいは出版物を通じて多くの人に届けられていると思います。このように一定のサイズに出力され、「絵画」として展示された作品に向き合う体験は、ファンにとって特別な意味を持つのではないでしょうか。入場券の券面イラストが何種類も用意されていたり、展覧会マスコットキャラクターの名刺(持ち帰り可能)や記念スタンプが設置されているなど、会場には、来場者が思い出をかたちとして持ち帰る仕掛けが充実していました。

浮世絵と現代日本のポップカルチャーの共通点は?

これだけ大規模かつ本格的な展覧会を開催し、全国に熱心なファンを有する「絵師」。なぜ今、日本のポップカルチャーを牽引する彼らが、このような古風な名前で呼ばれるのでしょうか。「絵師100人展」の第1回から同展のプロデューサーを務める、産経新聞社の石坂太一さんにお話をうかがいました。

——現代日本のポップカルチャーと江戸時代の浮世絵と、どのようなところに共通点が見られ、「絵師」という呼称が定着したと、石坂さんは思われますか?

「現代のポップカルチャーの分野で絵を描く方々は、漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルの挿絵など幅広いジャンルで活躍されています。『絵師』と呼ばれる方々の作品の特徴のひとつとして、接しやすく分かりやすい、一目見て『かわいい』『美しい』と直感できる表現が挙げられると思います。それでいながら絵師の方々は、時代を鋭敏に見つめて作品の中に落とし込んでいます。そういったところが、江戸時代の浮世絵師と共通していると思います。」

雑誌のグラビアのようなポージングや構図の作品も多く、現代における「美人画」といった印象も受けます。

石坂さんの指摘した絵師の作品の特徴は、特に浮世絵黄金期(鳥居清長や喜多川歌麿が活躍した時代)以降の美人画を彷彿とさせます。展示作品のほとんどは、一人(ないしは二人)の若く愛らしい女性であり、具体的にその人物が誰かはわからなくとも、鑑賞者はそこに広がる物語を想起することができます。

「また、描きたいものを自由な発想で描いている点もです。『生み出さずにはいられない』という強い創作意欲をお持ちの方もたくさんいて、そのあたりも浮世絵師と共通する点だと思います。需要者の多くは、こうした文化を愛好する一般的なファンが中心で、その点も江戸時代の浮世絵に通じる点のひとつではないでしょうか。」

——一種の職業名としての「イラストレーター」や「漫画家」といった名称に比べて、「絵師」という呼称は、カテゴリやジャンルを限定せず幅広いメディアで活動する現代のクリエイターの方々にとって非常に使用しやすい言葉だと感じました。プロ/アマの垣根も感じさせない言葉ですね。

「ファンがクリエイターを『絵師』と呼ぶとき、それぞれのイメージのもとで『絵師』という言葉を使っていると思います。ある場合は『絵がうまいから』『大好きな作家だから』という敬意を込めて。またある場合は、様々なジャンルで活躍されていることを踏まえて。『絵師』と呼ぶことで、作家をより身近に感じる、という人もいると思います。」

いくつかの作品の脇には、来場した絵師による手描きのパネルが添えられていました。

確かに「絵師」という言葉自体は古くから用いられていますが、政治権力と密接だった御用絵師などに比べ、江戸時代の町人文化の中で登場する浮世絵師は、受け手との距離が近い存在と言えます。無名の頃から応援し、作風の変遷や活躍を見守ってきた、そんな関係が生まれやすいのも「絵師」という寛容な言葉ならではかもしれません。

継続は力なり「絵師100人展」の10年

——ただ「絵師」という呼称は、使い勝手が良い分、定義もしづらい言葉だと思います。「絵師100人展」に出品する「絵師」は、どのような基準で毎回決められているのでしょうか。

「マンガ、アニメの現場、ゲームのキャラクターデザイン、ライトノベルの挿絵、VTuberのキャラクターデザインなどの幅広い活動の場から、年齢やこれまでの活動年数(経歴)も加味し、幅広い方たちに参加していただけるようにしています。」

——「絵師100人展」のこれまでの10年間を振り返って、展示作品や参加者の傾向の変化、反響などについて教えてください。

「本展がスタートしたときから、すでに絵師たちの表現の豊かさや技術の高さには目を奪われるものがありました。しかしこの10年で、さらに制作環境が向上し、またSNSなどが発達したことで、絵師の表現力や技術力がさらに高まったと思います。

しかもこれまでになく飛躍的な数の絵師たちが世に出てくるようになっています。展示作品も、回を重ねるごとに繊細かつ大胆になり、絵師ごとの独自の目線を感じられる作品が集まってきたように感じます。」

全体的に細部まで描きこまれた作品が多く、鑑賞者の多くが作品にぐっと近寄って見入っていました。

石坂さんのおっしゃっている状況は、まさに浮世絵の歴史にも共通しています。木版画の技術革新、経済流通の発展を背景に、江戸時代、さまざまな浮世絵師が登場し、独自の表現でそれぞれのファンを獲得していきます。特に江戸時代後期には、作品の多様化に、ファンの熱狂がさらに拍車をかけるような、つくり手と受け手の双方向からの盛り上がりとスピード感があります。

——今回のテーマは「和」となっています。主催者さまはどのような思いを込めて、今回のテーマを決められたのでしょうか。

「『絵師100人展』ではこれまで様々なテーマを設定してきましたが、常に『日本』を根幹にしてテーマ設定してきました。世の中が目まぐるしく変わる現代において、『和やか』『調和』『融和』などを人々は求めていると思います。日本の『和』にはそういった精神が根付いており、そこで様々な『和』を人々に感じてもらえるようテーマに設定しました。10回目という節目でもあるので、より『日本』を意識したテーマにしたいという気持ちもありました。」

「和」というテーマのためか、和装の女性像が多かった今回の展示。こちらには大正浪漫風の作品が並んでいます。

——「絵師100人展」のキャッチコピーは「日本 ⇄ 絵師 ⇄ 世界」というように、絵師が日本と世界を結ぶ存在となっています。日本の「絵師」たちの作品は今、海外でどのように受容されているのでしょうか。

「このコピーは、まさに絵師が日本と世界を結んでいる事実からとりました。日本から見ると、数多くの現代の絵師の表現が海外の方に受け容れられており、逆に海外の人は絵師の表現を通して日本を知っています。

絵師が日本と海外をつなぐ存在となっており、これはかつての浮世絵が西洋に紹介されて西洋絵画に大きな影響を与えた歴史と重なって、非常に興味深いと感じています。」

最後の言葉は、まさに浮世絵の「今」を探る「北斎今昔」が注目していきたい点です。石坂さんにお話をうかがい、現代の「絵師」と江戸時代の浮世絵師との共通点を、さまざまな角度から考察することができました。石坂さん、このたびはお忙しい中、ありがとうございました。「絵師100人展」の今後にますます期待しております。

JR秋葉原駅のホームからも見えた「絵師100人展」のサイン。
絵師100人展 10
会 期:2020年8月8日(土)~8月16日(日)
時 間:10:00〜20:00(入場は閉館30分前まで)
会 場:AKIBA_SQUARE(東京都千代田区外神田4-14-1 秋葉原UDX2F)
展覧会公式サイト

取材協力・産経新聞社
文&撮影・松崎未來(ライター)