数字でわかる! 新1000円札の図柄になった北斎の波の浮世絵のスゴさ

数字でわかる! 新1000円札の図柄になった北斎の波の浮世絵のスゴさ

2024年7月3日、新紙幣が発行されました。新しい1000円札の裏面には、葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。この北斎の作品の選定理由については「知名度も高く、世界の芸術家に影響を与えた作品(※財務省ウェブサイトより)」である点が挙げられています。そこで今回は改めて、有名なのに意外と知られていない「神奈川沖浪裏」のスゴさを「数字」でご紹介します。

2024年7月3日発行の新1000円札。表面は北里柴三郎の肖像、裏面に北斎の「神奈川沖浪裏」がデザインされている。(画像引用元:財務省ウェブサイト)

実は36図じゃない「冨嶽三十六景」

北斎のこの作品は「冨嶽三十六景」と題したシリーズの中の一枚です。「冨嶽」は富士山のこと。つまり、シリーズ名は「36の富士山の景色」ということになります。が、このシリーズは非常に人気だったため、36図で完結せず、10図が追加され、最終的に全46図のシリーズになりました。打ち切りもあり得た浮世絵出版界で、北斎の「神奈川沖浪裏」は、まごうことなきヒット作だったわけです。

葛飾北斎の「冨嶽三十六景」は名作揃い。「赤富士」や「桶屋の富士」も同じシリーズ。左上から時計回りに「尾州不二見原」「凱風快晴」「駿州江尻」「神奈川沖浪裏」。*いずれもアダチ版復刻(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)
「神奈川沖浪裏」のスゴさがわかる数字①
江戸時代のヒット作! 好評につき「三十六景」なのに46図!

名画は一人にして成らず

この作品の作者は、葛飾北斎です。ただし、北斎一人で完成させたわけではありません。北斎が描いた下絵をもとに、彫師(ほりし)が版木を彫り、摺師(すりし)が和紙に一色ずつ摺り重ねて完成した木版画です。版画ですので、同じ図が大量に制作され、販売されました。

浮世絵版画は、絵師・彫師・摺師の協同制作。(提供:アダチ版画研究所)

限られた予算や納期の中で、彫師・摺師の技術を引き出し、いかに効果的な画づくりをするかが、版画の下絵を描く浮世絵師の腕の見せ所です。北斎の「神奈川沖浪裏」はどうでしょう。この作品に必要なのは、わずか4枚の版木。8回の摺の工程で完成します。

「神奈川沖浪裏」の摺の8工程を示すGIF動画。(提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

同時代に活躍した歌川広重の風景画と比べて、使用する版木の数も、摺の工数もかなり抑えられています。これぞまさにプロフェッショナル! 「神奈川沖浪裏」のクールさは、協調と制約から生まれた洗練なのです。
(※ただし、北斎作品は広重作品に比べて描写が異様に細かいため、版木の制作に時間を要します。)

「神奈川沖浪裏」のスゴさがわかる数字②
コストは抑えて効果は◎ 職人技が生んだ名画のステップ!

世界中の美術館にある「神奈川沖浪裏」

江戸時代、大量に流通した北斎の「神奈川沖浪裏」は、幕末以降、海外にも持ち運ばれました。そして世界中の人々を魅了します。今や「神奈川沖浪裏」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」に次いで有名な絵画と言われています。

2014年、グラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで開催された「北斎展」の街頭サイン。(提供:アダチ版画研究所)

「神奈川沖浪裏」の国際的な知名度の高さは、作品の素晴らしさは言うに及ばず、世界各国で多くの人が実物を目にする機会を得ることができた、版画ゆえの波及効果に拠るところも大きいでしょう。2020年時点で、北斎の「神奈川沖浪裏」は世界13カ国・77館の美術館・博物館に収蔵されているそうです。(※個人蔵の「神奈川沖浪裏」は含まれていません。)そして、ロンドンの大英博物館は、なんと「神奈川沖浪裏」を3点も所蔵しています。

「神奈川沖浪裏」のスゴさがわかる数字③
北斎のグレートウェーブは 13カ国の美術館・博物館で会える!

「神奈川沖浪裏」の永遠の吸引力!?

「神奈川沖浪裏」の魅力は、ダイナミックな構図と、クセのある肥瘦線による細部の描き込み。もはや多くの人にとって見慣れた作品であるにもかかわらず、何度見ても、この迫り上がる波にぐーっと目が引き寄せられてしまいます。

この「神奈川沖浪裏」の波の線には、「黄金螺旋」と呼ばれる螺旋の線を重ねることができます。黄金比と呼ばれる1:1.618の長方形を、最大正方形で分割していき、その正方形の一辺を半径とする四半円の弧をつないでいくと、理論上は永遠に螺旋が描けます。

「神奈川沖浪裏」の波の曲線が、黄金比(1:1.618)の長方形の中に生まれる「黄金螺旋」と重なる。

永久に渦巻く「黄金螺旋」と同じ曲線を持つ「神奈川沖浪裏」の波。この作品の躍動感や吸引力は、黄金比のマジックなのかも知れません。

「神奈川沖浪裏」のスゴさがわかる数字④
これぞ絵画の黄金比 1:1.618 波の描線は、永遠に渦巻く螺旋の曲線!

企画展<数字でわかる 北斎「神奈川沖浪裏」の世界的評価とその魅力> 開催中!

いかがでしたでしょうか。「神奈川沖浪裏」は誰もが認める名作ですが、具体的な数値があると、評価のものさしが、より明確になりますよね。

そんな「神奈川沖浪裏」にまつわる「数字」に注目し、作品の魅力を深掘りした展覧会が、現在、アダチ伝統木版画技術保存財団常設展示場で開催中です。まだまだ「神奈川沖浪裏」の魅力を紐解く様々な「数字」がありますので、本稿の続きは、ぜひ企画展の会場で。会期中に開催される関連イベント(要申込)も要チェックですよ。ご来場のお子様には自由研究の一助となるワークシートを配布しています。

アダチ伝統木版画技術保存財団設立30周年記念展
数字でわかる 北斎「神奈川沖浪裏」の世界的評価とその魅力
会 期:2024年6月25日~8月24日
時 間:火〜金曜日 10:00〜18:00
土曜日 10:00〜17:00
休業日:日・月曜日、祝祭日、8/13,14,15
会 場:アダチ伝統木版画技術保存財団 常設展示場(東京都新宿区下落合3-13-17)
観覧料:無料

お問合せ:03-3951-1267
公式サイト:https://foundation.adachi-hanga.com/information_namiura24/

参考文献:Capucine Korenberg "The making and evolution of Hokusai’s Great Wave"
 
文・「北斎今昔」編集部