人気画家の山口晃氏が、国立劇場の「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」の一環として新作の浮世絵を描くことが発表されました。実は過去にも浮世絵版画を発表している山口氏。新作の発表を楽しみに待ちつつ、この記事では、山口氏が過去に手がけた3作品の浮世絵をご紹介します。
山口晃「新東都名所 東海道中 日本橋 改」
山口晃氏が一番最初に浮世絵版画を制作したは2012年のこと。江戸東京博物館(東京・両国)の開館20周年記念特別展「日本橋 描かれたランドマークの400年」の関連企画として、日本橋をモチーフにした作品を発表しました。五街道の起点であり、江戸の中心であった日本橋は、数多の浮世絵に描かれてきた伝統的な画題。日本の街並みをユニークな視点で多数描いてきた山口氏にとって、記念すべき浮世絵版画第一号は、やはりこの日本橋をおいて他にないでしょう。
作品名は「日本橋 改」。私たちが知っている日本橋とは、どうやらちょっと様子が違うようです。日本橋の真上を走る首都高、の上にさらに新しい橋が!?
よく見ると、川岸にはぼて振りの姿が見え、かつてあった魚河岸が復活しています。日本橋の上を人力車と路面電車が走り、和装と洋装の人が行き交っています。日本橋の土地の記憶と山口氏の空想とが入り混じった不思議な景色。懐かしいような、でも初めて見る時空を超えた街並みに、ワクワクしてきます。
新しい日本橋は、ザ・お江戸と言わんばかりの、木造(風?)の太鼓橋。紅白の提灯が下がって、橋の下には展望スペースもあるようです。なんだか楽しそう! この作品、江戸東京博物館での展示の後も、太田記念美術館(東京・原宿)やポーラ美術館(神奈川・箱根)、埼玉県立近代美術館(埼玉・北浦和)などの企画展で展示され好評を博しています。山口氏と当時の版画制作現場を取材した、貴重な動画(朝日新聞デジタル)もありますよ。伝統的な木版の技術で、江戸時代の浮世絵と同じように職人が一枚一枚手で摺っている本格的な版画なんです。
そして「日本橋」展の展示に際し、山口氏が寄せたコメントもご紹介します。
なにしろ勝手が解りません。あんまり細かく描いてはいけないし、色数をかけてもいけないんだそうです。そう云う物はセンスが必要になってくる訳ですが、その辺り私にポッカリ欠けています。試摺りを見た親方が「もう一寸思い切っておやんなさい」と仰ったので色数を増やしてもらいました。此う云うのはやりながら覚えるのが一番ですが、職人さんは難儀です。あと二版描かせて頂けるそうなので、すみません今暫くお扶け下さい。
コメントから、当初、三部作の構想であったことが分かります。浮世絵版画ならではの制約は、山口氏にとっても難しい挑戦であったようですが、さすがは素晴らしい出来栄え。限定150部はすでに完売です。
山口晃「新東都名所 芝の大塔」
2作品目の作品が発表されたのは2014年。江戸のランドマーク「日本橋」に続き、山口氏が選んだのは東京のランドマーク「東京タワー」。2012年の東京スカイツリー(R)完成後に、あえて東京タワーを選ぶところに、山口氏の東京の都市景観への愛を感じずにはいられません。タイトルは「新東都名所 芝の大塔」です。
東京のあちこちから見える東京タワー。この作品はどこから東京タワーを見上げているのでしょうか。ヒントは画面手前の「神明坂」の文字。港区三田一丁目の元神明宮の辺りから、北東の方向にある東京タワーを眺めている図になります。
しかし私たちが見慣れた東京タワーとは、少し様子が違うようです。紅白のタワーを彩っているのは、緑青色の屋根。城郭建築と融合したようなデザインですね。すらっとした塔の姿が、藍色の空によく映えています。
こちらの作品も限定150部で、瞬く間に完売。前作の「日本橋 改」が好評だったため、ファンの方々はなかなか入手困難だったようです。
山口晃「道後百景 伊佐爾波神社」
3作目の舞台は東京ではなく、愛媛県松山。道後温泉で開催されたアートフェスティバル「道後アート2016」(2016年4月29日~2017年8月31日)のメインアーティストに選ばれた山口氏が、道後の「迷所」10ヶ所を選んで『道後エトランゼマップ』を作成。そこで描いた「道後百景」シリーズのうちの一図を木版画にしました。
「伊佐爾波神社」は「いさにわじんじゃ」と読みます。長い階段を登った先に見える立派な社殿は、現在日本で三例しか確認されていない整った「八幡造り」で、国の重要文化財にも指定されているそうです。木々の緑に包まれた赤い楼門が鮮やかですね。
鳥居の前の道路を、一人のんびりと歩いている人がいます。口髭をたくわえたグレーのスーツ姿は、なんだかどこかで見たことがありますね……あっ! 夏目漱石に扮した山口晃氏ご本人!
漱石の代表作『坊っちゃん』の舞台はここ松山。『道後エトランゼマップ』の「エトランゼ(よそもの)」とは、松山中学の英語教師として単身赴任した漱石と、道後アートの招聘作家であるご自身とを重ねているのだそうです。地元民ではないからこそ見つけられる土地の新たな魅力もありますよね。
地方の素朴な街並みを描いた名所絵で、過去二作とやや趣を異にした作品ですが、この作品も限定100部はもう完売してしまっているとのこと。「道後アート」の旅の思い出にお土産として買われた方もいたようです。まさに、江戸時代の浮世絵と同じ役割を果たした木版画です。
以上、山口晃氏の手がけた浮世絵版画3作をご紹介いたしました。いずれも完売なので、入手は困難かと思いますが、今後もどこかの美術館・博物館で展示される機会はあるかと思います。そして現在、国立劇場による「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」で新作浮世絵の制作が進行中ですので、山口氏のファンの皆様はぜひ今後の情報を楽しみにお待ちください!
文・「北斎今昔」編集部
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