再整備のため来秋閉場する国立劇場の姿を画家・山口晃が木版画に!「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」始動

再整備のため来秋閉場する国立劇場の姿を画家・山口晃が木版画に!「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」始動

戦後日本の伝統芸能の歩みを見つめてきた半蔵門の国立劇場が、2023年秋に閉場。その後、再整備期間を経て生まれ変わります。現在の国立劇場の姿を人々の記憶に留め、後世へ伝えるために、このたび浮世絵版画の出版企画が始動しました。浮世絵を描くのは、画家の山口晃氏です。

「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」って?

昭和41(1966)年に開場した半蔵門の国立劇場では、歌舞伎、文楽、また舞踊や邦楽、民俗芸能といった日本の伝統芸能の上演が行われてきました。正倉院の校倉造りを模した外観はどっしりと重厚感があり、その軒下にきっちりと並んだ赤い提灯のラインが印象的です。学生時代に鑑賞教室で訪れたという方も多いのではないでしょうか。

現在の国立劇場外観(画像提供:日本芸術文化振興会)

半世紀以上にわたり、日本の伝統芸能の歩みを見つめてきたこの建物は、令和5(2023)年秋に閉場し、再整備期間を経て新たな施設に生まれ変わることが決まっています。

再整備期間は、令和11年度までという長期に渡る予定です。そして、現在敷地内にある国立劇場(大・小劇場)、国立演芸場、伝統芸能情報館の各施設が果たしてきた役割・機能をより拡充する、新しい施設が建設されることになっています。

国立劇場では、現在の国立劇場の建物における記念事業等の運営、再整備期間中の他劇場・他施設での事業展開、そして新たな国立劇場の運営に関する日本芸術文化振興会の一連の活動を総括して「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」とし、さまざまな企画をスタートさせています。

「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」の概要(画像提供:日本芸術文化振興会)

令和5年秋の閉場までのプロジェクトは「初代国立劇場さよなら公演」「初代国立演芸場さよなら公演」「初代国立劇場さよなら記念」の三本柱で展開します。プロジェクトの公式サイトも公開され、現在「さよなら記念」として、国立劇場・演芸場の<思い出>の募集(エッセイ部門と写真部門)、オープンシアター(建物見学とレクチャー)の開催が発表されています。

「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」のロゴと公式サイト(トップページ)

画家・山口晃が国立劇場の姿を未来へつなぐ

そしてこのたび「初代国立劇場さよなら記念」の一つとして新たに公表されたのが、「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」です。現在の国立劇場の姿を人々の記憶に留め、後世へ伝える浮世絵(版画)の出版が決定しました。

浮世絵を描くのは、人気画家の山口晃氏。日本の伝統的絵画の様式を踏まえつつ、過去と未来が混在する都市鳥瞰図や合戦図を圧倒的な画力と豊かなイマジネーションとによって描き出した作品は、きっと皆さん一度はご覧になったことがあるはず。日本橋駅(東京メトロ銀座線)や成田国際空港など、多くの人の目に触れるパブリックアートも全国各地に存在します。

山口晃「日本橋南詰盛況乃圖」(※日本橋駅ステンドグラス原画)2021年 紙にペン、水彩 撮影:宮島径(画像提供:ミヅマアートギャラリー)

また小林秀雄賞を受賞した著書『ヘンな日本美術史』やほのぼのしたタッチのエッセイ漫画『すゞしろ日記』のファンも多いのではないでしょうか。ちなみに山口氏は、落語入門書『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』の作画を担当するなど、落語好きとしても知られています。

山口晃「九州鐵道驛中驛外圖」2016年 紙にペン、水彩 撮影:宮島径(画像提供:ミヅマアートギャラリー)

歴史や伝統の文化から学びつつ、自由な発想で新しい表現を切り拓いていく山口晃氏の姿勢は「伝統芸能を未来へつなぐ」という国立劇場の理念にもピッタリ。また今回の浮世絵版画の制作は、伝統的な木版の技術を継承するアダチ版画研究所の彫師・摺師が担当します。時空を超えた浮世絵の誕生が今から楽しみですね!

浮世絵に代表される伝統的な日本の木版画の技術で版画を制作している工房兼版元、アダチ版画研究所。

国立劇場が、なぜ浮世絵の出版を?

ところで、なぜ国立劇場の「さよなら記念」で、浮世絵を出版することになったのでしょうか。そこには、日本の伝統芸能と国立劇場、そして浮世絵との深い関係が。

国立劇場伝統芸能情報館(画像提供:日本芸術文化振興会)

国立劇場(日本芸術文化振興会)の事業は、歌舞伎や文楽の上演だけではありません。伝統芸能の担い手の育成、そして伝統芸能に関する調査研究、資料の収集活用も、大事な事業です。いつ、どこで、どのような演目が上演され、誰が役を務め、どんな演出が行われたか。そうした情報を現代の私たちに伝えてくれる資料の一つが、江戸時代の浮世絵です。国立劇場では開場以来、芝居関連の浮世絵を収集・調査してきました。現在、国立劇場が所蔵する錦絵(多色摺の浮世絵版画)は約9,000枚にのぼります。

(上段)豊原国周「勧進帳」 (下段)三代歌川豊国「相続栄三升(としとしをいわいのくみいれ)」ともに国立劇場蔵(画像提供:日本芸術文化振興会)

芝居にかかわる浮世絵というと、一般には華やかな俳優の姿を描いた役者絵が思い浮かぶと思いますが、国立劇場の収蔵品は役者絵に留まりません。舞台の後ろにいる唄方・三味線方まで描いた作品や、芝居小屋の構造に着目した劇場図、また芝居町の賑わいを伝える名所絵など、実に多彩です。こうした浮世絵は、日本の芸能文化の豊かな広がりを今に伝えてくれます。

(左)鳥居清長「風曲江戸妓(ふうきょくえどげいしゃ)」 (右)歌川広重「名所江戸百景 猿若町よるの景」ともに国立劇場蔵(画像提供:日本芸術文化振興会)

浮世絵は、江戸時代最大のマスメディアとして日本の芸能を大いに盛り上げ、近代以降は優れた美術品として世界中に広く日本の文化を紹介してきました。多くの人が夢を思い描き、様々な想いを託してきた浮世絵の出版は、伝統を未来へつなぐ国立劇場の「さよなら記念」の趣旨を体現した企画と言って良いでしょう。そして山口晃氏の時空を超えた浮世絵は、芝居と浮世絵の歴史に新たな1ページを加えるに違いありません。

歌川豊春「浮絵 歌舞妓芝居之図」国立劇場蔵(画像提供:日本芸術文化振興会)

山口晃氏の新作浮世絵の完成は2023年夏を予定。浮世絵ポータルサイト「北斎今昔」では、今後もこの「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」を追っていきたいと思います!

文・「北斎今昔」編集部
協力・ミヅマアートギャラリー、日本芸術文化振興会